「当時、理系学部で勉強が大変だと話す学生がいて、宮さまに“単位の取りやすい学部に変更すべきか”と、相談したことがあったそうです。

 すると宮さまは“楽な学部で簡単に単位を取るよりも、一生懸命に打ち込める興味関心のあるものを見つけたほうがいい。そうでなければ理系のままでいいのでは”とお答えになったそうで、その学生は納得し、理系学部のままで勉強を続けたそうですよ」

『自然文化研究会』の卒業旅行で。上段一番右が秋篠宮さま、上段左から2番目が紀子さま(1988年3月)
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『自然文化研究会』に入会された紀子さまは“学習院のマドンナ”だった。

「紀子さまは、普段からフワッとした雰囲気で会話されて、知り合いを見つけると手を振ったり、常に笑顔を絶やさない女性でした。当時の卒業アルバムには、『華』という卒業生の中で素敵な女性の写真を集めたページがあったのですが、紀子さまも載っておられましたね。飲み会では控えめで、自分の話はせず、他人の話に相づちを打ったり、ウイスキーの水割りをサラッとお作りになっていた印象です」(紀子さまの同級生)

 当時の紀子さまは、お父さまが学習院大学教授で、大学敷地内の共同住宅に住まわれていた。宮さまは、書店で出会われる前から妃殿下の存在をご存じだった可能性がある。

 約30年にわたり、秋篠宮さまと親交がある『毎日新聞』編集委員の江森敬冶さんによると、

「妃殿下は中学生のころから、自宅近くの学習院大学構内でジョギングを続けておられ“ジョギングの美少女”として有名だったそうです。

 うすうすご存じだったのではと宮さまにお尋ねすると、否定されたのと同時に“あのとき出会わなければ、私はまだ独身だったと思う”と話されたことがありましたね」