当時、月刊誌のインタビューで、志村さん自身もいかりやさんとの確執を認めていた。

いかりやさんは面白くない

《こんなこと言っちゃうと失礼だけど、僕は今のいかりやさんが面白いと思わない。だけどそれが面白いっていう人が何人かいるんですからね、分からないですけど。コントは今一緒に出来ない》

'04年3月24日に執り行われたいかりやさんの告別式で顔を合わせた4人。いかりやさんの訃報を聞いて真っ先に駆けつけたのは、誰あろう志村さんだったという
【写真】志村けんさんのドリフ加入前と、面白すぎの'80年代を振り返る

 結果、志村さんは、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(TBS系)、『志村けんのだいじょうぶだぁ』(フジテレビ系)とドリフを離れて、“コメディアン・志村けん”として精力的に活動するようになる。一方、いかりやさんも俳優としての活動に軸足を移すように。ドリフとして5人がそろう仕事がほとんどなくなり、「自然消滅するのでは?」と、まことしやかにささやかれた。そして、2人のわだかまりは完全には解かれぬまま、空白期間は実に10年以上にも及んだという。

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 志村さんといかりやさんに“雪解け”が訪れたのは意外な場所だった。'01年、ドリフとして最初で最後の出場となったNHK紅白歌合戦。

「『全員集合』の衣装を着て、メドレー曲を5人で歌ったんですが、その合間に往年の“少年少女合唱団コント”をやることになって。本番の前に、みんなで集まってネタを合わせたら“不思議なんだけど楽しかったんだよね”って。“これだったよなって、ふっと思ったんだよね”と、志村さんうれしそうだったね」(前出・芸能プロ関係者)

 空白が、鮮やかに彩られた瞬間だった。