'98年、群馬県で一家3人が殺害された事件は発生から22年を迎えるが、指名手配中の容疑者は姿を消したままだ
'98年、群馬県で一家3人が殺害された事件は発生から22年を迎えるが、指名手配中の容疑者は姿を消したままだ
【写真】23年前の女子大生殺人事件の現場に作られた「順子地蔵」には今も献花が

「無念な被害者が増えるだけ」

 代執行制度が導入されれば、たとえ加害者に支払い能力がなくとも、国は親族から取り立てることが可能になる。例えば、千葉県市川市で'07年、英国人女性のリンゼイ・ホーカーさん(当時22歳)が殺害された事件。犯人の市橋達也受刑者(41)の両親は、医師だった。土田さんが解説する。

「医師という職業からすれば、それなりの資産がある。土地や建物、経済的な蓄えもあるでしょう。あるいは刑務所における受刑者の労働作業費も取り立ての対象になる。それらを個人が差し押さえようと、弁護士に調査を依頼しても難しい。でも国ならば可能なんです」 

 これが実現すれば、犯人の所在不明や支払い能力がないといった理由は通用しなくなる。

「相続まで取り立てられ、国がどこまでも追いかければ、殺人事件が減るかもしれない。究極の狙いは犯罪の抑止力。そこに代執行制度導入の意義を見いだしているんです」(土田さん)

 スウェーデンやノルウェーでは同様の制度がすでに導入されている。宙の会としては今後、森まさこ法務大臣に陳情書を提出するなどで代執行制度の確立を目指す方針だ。

 1998年1月に群馬県旧群馬町(現・高崎市)で一家3人が殺害された事件では、殺人事件で指名手配された小暮洋史容疑者(50)が、行方をくらましたままだ。

 遺族の女性(43)は、発生から20年という民事訴訟の提訴期限直前に、小暮容疑者を相手取って約1億370万円の損害賠償訴訟を起こした。前橋地裁高崎支部は昨年1月、請求どおりの支払いを命じる判決を言い渡した。

 遺族の女性は取材に対し、メールでこう回答を寄せた。

「たとえ犯人が逮捕されても、支払える現実的な金額でないことはわかっている。とはいえ今のままでは被害者は報われず、泣き寝入りするだけ。大切な人の命を奪われ、生き返ることはできないのに対価も支払われない。ただただ無念な被害者が増えていくだけの現状は、何も生み出しません」

 被害者は社会にもさらされる。メディアに出れば、SNSであらぬ悪口を書かれ、傷口に塩を塗り込まれることもある。

「でも加害者は塀の中に入ってしまえば社会とは距離が保たれ、自分の身銭を使わずとも食事も提供され、清潔に過ごし、今で言えばコロナの給付金も支給されるとか……。しっかり人権が保たれているのはどっちか。言わずもがなですね」

 遺族にとっては「殺され損」、犯人にとっては「逃げ得」。いつまでこんな理不尽な仕打ちが続くのか。


【PROFILE】
水谷竹秀(みずたに・たけひで) ◎ノンフィクションライター。1975年、三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など。