犯人逮捕でも未回収

 では犯人が逮捕されれば、損害賠償の支払いは履行されるのか。

 広島県廿日市市で'04年10月、高校2年生の北口聡美さん(当時17歳)がナイフで刺殺された事件は、発生から14年ぶりに無職の鹿嶋学(37)が殺人容疑で逮捕、起訴された。広島地裁は今年3月半ば、鹿嶋被告に無期懲役の判決を言い渡し、翌月に確定した。

「極刑を望んでいたから、人の命を奪った人間の命が助かるという判決には情けない思いです。いずれ実社会に復帰できる可能性が少しの確率でもあると考えると、何とも言えない気持ちになります」

 そう語る聡美さんの父、忠さん(62)は、民事でも犯人に罪を償わせたいと、損害賠償命令制度を利用した。'08年に成立した同制度は、凶悪事件の被害者や遺族が民事訴訟を起こす負担を軽減させるために導入された。有罪判決を言い渡した刑事裁判の裁判官が、被告に対する損害賠償請求も審理する仕組みだ。申し立ての手数料は一律2000円で、弁護士費用を含めても民事裁判を起こすより低額ですむ。この制度を利用した忠さんは、広島地裁から賠償命令の判決を勝ち取った。

「ところが被告からは支払い能力がないと言われ、被告の父親からも『少しでも罪を軽くするために支払いたいが、年金生活で余裕がない』と伝えられました。被害者の遺族にとっては、判決は出たけど、ただの紙切れ同然なんです」

北口忠さんのブログ。聡美さんは17歳のときに身勝手な犯行理由で男に命を奪われた
【写真】23年前の女子大生殺人事件の現場に作られた「順子地蔵」には今も献花が

 生井さんのように、犯人に損害賠償を請求しても、所在が不明であれば支払われない。犯人が逮捕されたとしても、裁判所は賠償判決を強制執行しないため、「支払い能力がない」と言われてしまえば、それで終わりである。結局、遺族には一銭も入らない。それでは一体、何のための賠償判決なのか。

 日本弁護士連合会が'15年に実施した「損害賠償請求に係る債務名義の実効性に関するアンケート」によると、殺人、殺人未遂などの凶悪重大事件38件のうち、6割の被害者・遺族は損害賠償金の支払いをまったく受けていなかった。全額支払いを受けたという回答は皆無で、損害賠償が実効性を伴っていない実態が浮かび上がった。

 犯罪被害者支援に詳しい元常磐大学学長の諸澤英道さん(77)は、損害賠償履行の実情をこう説明する。

「賠償の約束はほとんど守られていません。一部でも履行されればいいほうで、加害者との接触を嫌う被害者や遺族が履行を求めないことをいいことに、うやむやにして逃げてしまう加害者が多い」

 諸澤さんは、'90年代初頭から犯罪被害者の賠償問題に取り組んできた。しかし、四半世紀以上がたった今も、履行されない状況は変わっていないとして、加害者が賠償責任を放棄できないよう、法改正の必要性を訴えている。

「賠償について、日本政府は法制度を作っているだけで、その履行についての責任を負わない。それは賠償をしなくてもすむ社会を意味するだけでなく、法的安定性を欠くことになる」

 被害者の遺族には、経済的な打撃を緩和する「犯罪被害給付制度」がある。支給額は18万円から約4000万円と幅があり、警察庁によると、

 '18年度の同給付金の平均裁定額は614万円で、最高支給額は約3700万円だった。しかし、これは国が給付する制度で、加害者が支払うわけではない。ゆえに代執行制度で加害者に償わせるべきだとする宙の会の土田さんは、こう批判する。

「加害者から取り立てる思考がない以上、国は秩序を維持するという責任を薄めている」

「加害者には支払う義務がある」と、『宙の会』特別参与で、元警視庁成城署長の土田さん