友達には“聞こえるふり”をしていました

「私は20歳ごろから聴力が落ち28歳のときに、両方の耳が聞こえなくなりました」

 と話すのは東京都中途失聴・難聴協会理事の渡辺江美さん(38)。

 渡辺さんももともと聞こえており、難聴や失聴し聴力を失った人が直面するいちばん大きな問題が「コミュニケーション」だ。

「電話もできないし、インターホンも聞こえません。これまでできていたことができなくなりました。聞こえなくなったことはとても不便です」

 会話に入れないことはストレスだけでなく孤独にも襲われる。聞こえなくなったことで孤立する人は少なくない。

「突然聞こえなくなると話せるけど聞こえず、自分も家族も手話ができない。自分が手話を覚えても孤立する。自分の中に閉じこもり、何をやってもうまくいかないと感じる時期があり、当時は聞こえないせいにしていました。聞こえていたらできていたかもって思い込んでいました」

 しかし、聞こえないことを自ら受け入れるのには勇気がいる。周囲に打ち明けることへのハードルも高い。

 渡辺さんが聞こえと向き合うことになったきっかけに、友達らとの会話がある。

「“どっちがいい?”と聞かれていたのに、私は“それでいいよ”って答えたんです」

 すると友人から「今、聞こえてなかったよね? わかったふりしたよね。わからない、と聞いてほしい」と指摘された。

 友人はあいまいに返事をしていることに気づいていた。

私は友人といるときに話の流れを止めないため、わかるふりをして、丸くおさめているつもりでした。でも、わかるふりは誤解を生む原因になることに気がつきました。例えば、相手は私が聞こえている前提で話をしていても、私は聞こえないから答えない。無視していると誤解されたこともあります。

 でも、最初に聞こえないことを言っておけば相手もわかってくれる。それから聞こえないことを周囲に明かしていこうと思いました

渡辺さんが自作したコミュニケーションをとるツールとして利用するホワイトボード
渡辺さんが自作したコミュニケーションをとるツールとして利用するホワイトボード
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 聞こえないことを理由に諦めるのではなく、できることを探し、できないことはどうしたらできるかを考えるようになると前向きに考えられるようになったという。しかし、聞こえなくなったことを受け入れられず、閉じこもりがちになる人は少なくない。

「私は協会での活動に参加し、症状は違いますが同じ仲間と出会い救われました。自分だけではない、と。活動を通して、一緒に支え合うことができたらいいなと思います」

 渡辺さんが所属する同協会の会員の中には、突発性難聴やメニエール病などを患い、回復がままならず聴力を失った人も在籍している。

「“大丈夫だろう”と思っていたら症状が悪化した人もいます。聞こえに異変や症状がある人はすぐに病院に行ってほしい。なんともなかったらそれでいいし、病名がわかればすぐに治療できます」

 仲間の中には後悔している人も多いという。

「“あのとき、病院に行っていたら……”と話す人もいます。甘く見ていると聴力は戻りません」