生放送中に放送禁止用語を口にして、出禁を食らった人も。松本明子だ。

 1984年『オールナイトフジ』(フジテレビ系)と『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)のコラボ番組でのこと。デビュー2年目だった彼女は、片岡鶴太郎と笑福亭鶴光に女性器を意味する4文字を教えられ「付き合ってる男の名前をバラされたくなかったら言え」「一躍有名になれるぞ」と、そそのかされたという。

 本人は意味もわからないまま、この言葉を叫んでしまい、新聞に「アイドル歌手が生放送中に放送禁止用語」と書かれるほどの騒動に。その後、2年間にわたって、テレビ全体から干されてしまった。

 この背景には、彼女が当時『オールナイトニッポン』の女性アシスタント3人で『トリオ・ザ・ゴミ』というユニットを組まされるほど、アイドルとしてくすぶっていた事情がある。のちに自ら「内心“おいしいのかも”という思いもあった」と回想しているほどだ。

 実際、これを機に、彼女はバラドルに方向転換。事務所内でトークやコントの特訓を受け、なりふりかまわぬ突撃レポートなどで人気を得ていった。長い目で見れば“おいしい”出禁だったともいえる。

不倫略奪婚で出禁も…「復縁」の可能性

 一方、同じ下半身関係(?)でも、不倫で出禁となったのがウッチャンこと内村光良だ。2003年、テレビ朝日の局アナだった徳永有美との交際が発覚。数か月後に徳永がテレ朝のディレクターだった男性と離婚したため、略奪愛という見方が浮上した。

徳永が『報道ステーション』に復帰したとき、テレ朝の視聴者センターには「不倫した人がなぜ戻ってこられるのか」という意見も届いた
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 徳永はアシスタントを務めていた『内村プロデュース』をはじめとするレギュラー番組を降板。キャスターをしていた『スーパーモーニング』では「自分のことをきちんと説明できない人間が、番組のキャスターを続けていいものかどうか」と涙ながらに語り、その後、スポーツ局に配置転換されてしまう。これに対し、内村も、

「いろいろと申し訳ございません。生きていれば、晴れた日も曇った日もあります」

 などとお気楽にも思えるコメントをしたが『内村プロデュース』は継続された。しかし、2年後に徳永が退社し、内村と再婚すると、番組は終了。それ以降の15年間で、彼がテレ朝の番組に出演したのは単発のバラエティーが1度あるだけだ。

 その間、内村は『NHK紅白歌合戦』の総合司会を務めるほどの大物へとさらに飛躍した。

『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)のレギュラーだったベッキーが“ゲス不倫”騒動を起こした際には、擁護的な立場をとったことも記憶に新しい。

 また、育児が一段落した徳永も、フリーアナとして復帰。現在は、古巣のテレ朝で『報道ステーション』のキャスターもやっている。

 司会者として引っ張りダコの内村が今後、テレ朝にレギュラー番組を任されることははたしてあるのか。もし実現すれば、不倫出禁からの「復縁」として大ニュースになることは間違いない。