亡き父に伝えたかった感謝

通りがけでも、さりげなくフォローや感謝の声かけを欠かさない 撮影/齋藤周造
通りがけでも、さりげなくフォローや感謝の声かけを欠かさない 撮影/齋藤周造
【写真】スーパー『アキダイ』秋葉弘道さんの奥さんと双子の娘さん

「アキさん、じゃがいも、いくら?」

「イチキュッパ!」

「秋葉さん! きゅうりは?」

「イチニッパ!」

 開店前の取材中も、スタッフが次々と売値を聞きに顔を出し、秋葉さんが即答する。

 頭の中に、仕入れ値と売値がすべて入っていることにも驚くが、感心するのは、スタッフとの壁のなさだ。

「俺のこと、誰も社長なんて思ってない(笑)。みんな対等だから、遠慮ないの。俺もスタッフの一員って感じです」

 従業員数は、支店も合わせて170名にのぼる。

 若かりしころは、人の使い方も未熟だったと振り返る。

「今だったら、注意する前に2つほめて、1つ叱るみたいにできるけど、若いころは自分の考えを押しつけてました。そんで、裏で悪口言われて、それを告げ口されて嫌な思いしたりね。1度、みんなを集めて言ったことあるんです。俺の悪口言ってもいいけど、告げ口すんなって。俺、少なくともみんなのこと好きでいたいからって。そうやって、いろんな思いしながら、俺自身、育てられてきました」

 アキダイで27年働く、ベテラン社員の下田清江さん(57)が話す。

「私もそうだけど、うちの従業員はパートも含めてみんな長いの。20年なんてざらです。働きやすいからね。アキさんは、なんでも本気で言い合える仲間です。だから一緒に店を盛り立てていこうって思える。“助かった”“ありがとう”って、感謝を口にしてくれるのもうれしいですね。みんな社長なんて呼ばないですよ。アキさんとか、お父さんが『あんちゃん』て呼んでたので、そう呼ぶ人もいます」

 ともに働く仲間を大切にしてきた秋葉さんだが、ひとりだけそうできなかった人がいると悔やむ。それが、2年前に他界した父親だ。

「おやじは自分の商売をたたんで、1号店から俺を手伝ってくれました。だけど、従業員には責任のある役職をつけても、おやじは最後までヒラのまま。配達や支払いに、都合よく使ってました」

黙って店を手伝ってくれていた父
黙って店を手伝ってくれていた父

 秋葉さんが会社勤めを辞めたとき、「好きなようにやらせてやれ」と息子を信じてくれた父親だった。

 資金繰りで困ったときも、人間関係で悩んだときも、陰になり日向になり支えてくれた大切な人だった。

「一緒にいると忘れちゃって、感謝の言葉もろくに言わなかった。おやじ、息子の下でどんな思いで働いてたのかなぁ」

 くしくも、その答えは妹の友栄さんが父親について話した中にあった。

「父と兄は、『あんちゃん』『おやじ』と呼び合う、昔気質の親子で、ケンカもしょっちゅうしてました。晩年、父は重い病気で片足を切断しましたが、入院中も廊下を這うように、『あんちゃんを助けるんだ』って出ていこうとするんです。父にとって、アキダイで働くことは生きがいだったんです。兄がテレビに映ると、父は病室でうれしそうに見ていました。兄は長男として十分に親孝行をしたと思います」

 父親を看取り、昨年は娘・由加里さんのところに初孫が生まれた。命のリレーを経験して、自身の考え方にも変化があったという。

「経営者は欲がなきゃいけないんだけど、今は欲しいものもないし、事業の拡大も考えてません。いつか引退したら、携帯を置いて旅に出るのが夢ですね。俺、ずっと点みたいなちっぽけなところで生きてきたから。世界中を回って知識を仕入れて、この業界で役に立つ話をコンサル的にできたらなって。お金なんかとらずにね。ボランティア精神で人生を終える! それが俺の次なる男のロマンかな(笑)」

 そう話すそばから、「アキさん、しいたけいくら?」とスタッフが顔を出し、「イチキュッパ!」、せわしなく答える。

 年間の休日はわずか3日。忙しく働く大黒柱の引退は、まだまだ先になりそうだ。

「らっしゃい、らっしゃい!」

 だから今日も、気合を入れて店に立つ。

 トレードマークのしゃがれ声を響かせて──。


取材・文/中山み登り(なかやまみどり) ルポライター。東京都生まれ。高齢化、子育て、働く母親の現状など現代社会が抱える問題を精力的に取材。主な著書に『自立した子に育てる』(PHP研究所)『二度目の自分探し』(光文社文庫)など。高校生の娘を育てるシングルマザー