「向いてない」と思ったドラマの世界

 1995年、40代半ばを過ぎたころ、西さんはドラマの仕事を引き受けるようになる。

 バラエティー番組で一緒に仕事をしたプロデューサーがドラマ班に異動となり、西さんに声がかかったのだ。

「でも、ドラマの仕事を始めた当初は、自分にあまり向かないと感じていました」

西ゆり子さん 撮影/伊藤和幸 撮影協力=株式会社サン・フレール
【写真】チャリティーカジノパーティーでの西さん、さすがのスタイリング

 ドラマの衣装では「つながり」が大切とされる。例えばあるシーンで、ヒロインがスカーフを巻いていたとする。そのスカーフを可愛く見せたいと凝った結び方をしてしまうと、次のシーンでも同じ結び方にしないといけない。それぞれのシーンを順番どおりに撮影していくとは限らない。次のシーンの撮影が1週間後ということもありうるのだ。

「主人公のジャケットにバッジを1個つけ忘れたために撮り直しになるような失敗もありました。本来のスタイリングとはまったく違ったところに神経を遣うのが面倒だったし、なんだかつまらないと感じましたね」

 当時はまだ、外部のスタイリストが入るのは珍しく、テレビのドラマは「衣装さん」と呼ばれる局の衣装部の人たちが用意するのが常だった。

「必ずしも毎回新調するわけではなく、衣装部に保管してあるシャツやコートを使い回していました。しかも、洋品屋さんで買ったような地味なものばかり。そんな現場にファッショナブルな服を持っていくのもなんだか場違いのような気がして、『着せたいおしゃれな服を着せられないんじゃ、面白くない』と、思っていたんですね」

 ところが、ある作品との出会いで、西さんはガ然やる気を起こすことになる。

 その作品こそが、当時一世を風靡した『ギフト』だった。