ハイブランドをドラマへ

「親しかった室井滋さんから、『西さん、いま大人気のSMAP知ってる?』と聞かれたんです。あまりよく知らなかったんだけど、室井さんがプロデューサーを紹介してくれて、SMAPの木村拓哉さんが主演するフジテレビドラマ『ギフト』で、倍賞美津子さん、室井滋さん、小林聡美さんらのスタイリングをすることになりました」

 1997年4月のクール。

 木村拓哉は、'96年の『ロングバケーション』などで確固たる人気を確立、SMAP人気と相まって注目されていた。

 プロデューサーと演出家の2人が西さんのセンスをよく理解してくれたという。

「私は、台本を読み、浮かんだイメージから女性社長役の室井滋さんに、ルブタンの靴をはかせてもいいかと聞くと、『いいですね!』って。ドラマの世界にもファッションに理解のある人たちがいると知って、ガ然やる気が出ました」

 ところが衣装を貸し出してくれるハイブランド側の対応は厳しいものだった。テレビドラマに自社の洋服を貸した経験がほとんどなかったのだ。

 女刑事役を演じる倍賞美津子さんの衣装に選んだのは、マックスマーラのスーツ。貸し出しの交渉は難航を極めた。

「直談判したマックスマーラの担当者もびっくりしちゃって。私は撮影シーンについて熱弁をふるいました。『外国人体形の倍賞さんがこのスーツを着るとこんなにカッコよくなる。スーツ姿で車のボンネットに手を置いて決めポーズをしたらどれだけカッコいいか!』と。そしたら根負けして貸し出してくれたんです」

 海外のハイブランドが、日本のドラマに服を貸してくれたのは珍しいことだった。

 雑誌ならその洋服が掲載されたページに値段や問い合わせ先もクレジットされるため、ブランド側にもメリットがある。しかし、ドラマでは小さな文字でテロップされるだけ。

 ほかのブランドとの交渉でも何度も断られ、心が折れそうになりながらも熱意をぶつけ、少しずつブランドとの関係性を築いていったという。

『ギフト』は「最も美しい木村拓哉」による名作として成功を収めた。それを皮切りに、深津絵里主演の『きらきらひかる』、常盤貴子主演の『タブロイド』('98年)、鈴木京香主演の『アフリカの夜』('99年)、竹内結子主演の『ランチの女王』('02年)など、多くの作品で、西さんのスタイリングが求められた。

『ギフト』でタッグを組み、後の作品でも西さんをスタイリストとして指名し続けた山口雅俊プロデューサーは、その仕事ぶりを絶賛する。

「西さんとの出会いは衝撃でした。女優が西さんの選んだ衣装を着ることで、存在感が倍増する。西さんのスタイリングの特徴は、自然体のシルエットと色み。西さんのマジックで役柄が際立ち、衣装を通して作品の世界観も明確になる。彼女は、私のドラマの中核をなすクリエイターでした」

 これまで、その卓越したスタイリング能力で女優やタレントたちの秘めた魅力を引き出してきた。

「私はだいたい洋服を選びにいくとき、その女優の顔がつく服を借りて帰るんです」

「顔がつく」とは、どういうことなんだろう。

「例えば、檀れいさんの衣装を選ぶとしたら、サンプルルームで『あ、これは檀れいさんの顔がつく』とピンとくる洋服を選ぶわけ。同じ服でもVネックだと檀さんの顔がつかないけど、丸首だったら顔がつくということもある。

 イメージできるんです。これは似合ってこれは似合わないというのが、女優さんによって違うから。その感覚はほぼ間違いない。これは経験値ではなくて、『特殊能力』だと思います(笑)」

「西さんって、アクセサリーをつなげてみたり指輪を何個もつけたり、アレンジがすごく面白いんです」とマルシアさん 
「西さんって、アクセサリーをつなげてみたり指輪を何個もつけたり、アレンジがすごく面白いんです」とマルシアさん 
【写真】チャリティーカジノパーティーでの西さん、さすがのスタイリング

 だが、西さんにも苦い経験がある。ブラジルから来たばかりのマルシアさんがデビューしたころレコードジャケットの撮影を担当。その見立てをはずしたと振り返る。

「歌謡曲のアイドル系だから『まあ、白い服だな』と。着せてみたらすごく似合わない。あれっ? と思って次に花柄を着せたら、これまた似合わない。代々木公園でブローニュの森のように撮影しようと思ったのに……。困った末に黒とか茶色を着せたらピタッときた。白い服が似合わないアイドルもいるってことは、マルシアで学んだんです(笑)」

 白が似合わない人はほかにもいると言う。

「藤原紀香さんも黒を着ると、マリア様のような清楚な感じになるんだけど、白を着ると意外に俗っぽくなってしまう。だから白って難しいんだなと思いましたね。よく『困ったら白』と言うけど、そうではないんですよ」

 デビューから30年以上の付き合いになるマルシアさんが笑いながら教えてくれた。

「私、デビュー当時太っていて白や花柄が似合わなかったんですね。西さんの選ぶ服は私が絶対選ばないものばかり(笑)。でも、私がやりたいことをいっぱい聞いてくれて、『これよ』と言って持ってきてくれた服は、まるで化学反応を起こしたように私にぴったり。私の360度をフルコースでわかっているので、サイズも完璧な状態で衣装を用意してくれるんですね」

 その完璧な計算を狂わせる事件が起きたのは去年のこと。それでも西さんは涼しい顔で対処してくれた、とマルシアさんが続ける。

「武田鉄矢さんの番組に出演するための衣装をお願いして、西さんは完璧に私のサイズで用意してくれていました。でも、私がコロナ禍で4キロ太って入らなかった(笑)。そしたら、彼女はコンビニで買える道具でササッと直してくれました。あの技術とセンスはすごい。西さんは、常にポジティブマインド。どんな現場も明るくしてくれます。いつも気にかけてくれる母のような存在ですね」