東日本大震災当日から約2か月後、当時の天皇陛下と岩手県への日帰りで被災者を見舞われた美智子さま(2011年5月6日) 
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 '04年に患った『適応障害』の療養で、公務に出席できないこともある雅子さま。ただ、被災地へのお見舞いに関しては気力と体力をふりしぼり、被災者の心を支えるよう努めてこられた。

「'13年11月には1泊2日の日程で岩手県を訪れ、仮設団地や津波被害から再興した水産加工会社などを視察し、被災者を励まされました。雅子さまにとって約3年9か月ぶりのご宿泊を伴う地方訪問でした。現場にいた側近や警備担当者の間では緊張感が漂いましたが、雅子さまは決められた時間をオーバーしてしまうほど、たくさんの方々におことばをかけられていました」(宮内庁関係者)

2013年11月2日、釜石市内の仮設住宅を見舞われた雅子さま。目線を合わせてお話しに

 そのときにご覧になった釜石市の風景と被災者の悲しみが癒されるようにという願いを込め、'14年の『歌会始の儀』で次の御歌を詠まれている。

《悲しみも 包みこむごと 釜石の 海は静かに 水たたへたり》

 コロナ禍で現地へ足を運ばれることが困難となる中、両陛下は3月4日、岩手県内の2か所をオンラインでお見舞い。計6人の被災者と懇談された。参加した釜石市内にある旅館を営む岩﨑昭子さん(64)は当日の様子を次のように話す。

「'14年に雅子さまが釜石の御歌を詠まれた際は地元の新聞に大きく掲載されました。地域の人々はたいへん励まされたので今回、市長から改めて感謝をお伝えし、雅子さまもうれしそうなご様子でした」

“オンライン行幸啓”でも距離はより近く

 実際に会ってお話しするよりも、画面越しで行うオンライン形式により、両陛下と“ゼロ距離”で対話できたように感じたという岩﨑さん。

「1対1のコミュニケーションというのは、今までの被災地訪問とは異なり、両陛下を身近に感じることができる素晴らしい方法だと感じました。遠くにいらっしゃるにもかかわらず、むしろ距離がないかのように感じ、両陛下が“被災地のことをもっと知りたい”と心を寄せてくださっているのがダイレクトに伝わりました。雅子さまがメモを取りながら真剣に聞いてくださっているのもわかりました」