60代父の自殺後を見届けた娘

 特殊清掃の仕事で、孤独死についで数多く遭遇するのが自殺の現場である。これが全体の3割を占めるという。

 警察庁の統計によると、2020年の自殺者総数は2万1081人。コロナ禍の影響で今年はさらに上昇するとみられている。

 ある晩秋の昼下がり。車で移動中だった高江洲の携帯電話が鳴った。相手は若い女性で、特殊清掃の依頼だった。聞くと、団地にひとり暮らしだった父親が自室の浴槽で亡くなったと言う。憔悴しきった様子の声から、突然の父の死を受け入れなければならない娘の緊迫した状況が窺えた。

 直感的に「これは自殺だ」と感じた高江洲は、「ご安心ください。すぐに伺います」と伝え、現場に向かった。

 古い団地の入り口に20代と思われる女性が立っていた。

 2DKの典型的な団地の間取り。生臭い血のにおいが鼻につく。廊下の床には遺体の搬送中にポタポタと滴った血痕が続いていた。廊下を入ってすぐ右にある浴室に近づいてみると、浴室の折り戸の曇りガラスには、無数の赤い点、そして真っ赤な手形が見えた。

 意を決して扉を開けると、そこには想像していたとおりの惨状が広がっていた。

 浴槽内には血で染まった真っ赤な水。壁には天井まで達した血飛沫の跡。死の間際にもがき苦しんだのか、血塗れの手跡が至る所に見られた。首の動脈を切っての自殺だったことがわかる。

 作業に取りかかろうとすると依頼主に声を掛けられた。

清掃する前に、浴室の状態を見せてください。どうしても父の最期の様子を知っておかなければいけない気がするんです

 とてもすすめる気にはなれなかったが、彼女の強い意志に負け、自殺の現場を見せることにした。

 浴室の扉を開けた瞬間、彼女は腰が砕けてよろめいた。しかし、すぐに立ち直って、浴室全体をゆっくりと見渡し、和室へ歩いて行き畳の上にへたり込み、静かに涙を流したのだった。

実はどんなに汚れた部屋でも肉体的なつらさは大したことはない。精神的にいちばんつらいのは、遺族から直接依頼されるケースなんです。遺族の“思い”を解決しなきゃならないですから

 遺族との対話は「傾聴」が基本だという。だが、安易な相槌は打たないと決めている。

絶対に“わかります”などと軽率に言わないほうがいいんです。遺族の悲しみや悔しさなんて計り知れませんからね。ちゃんと遺族の方と話ができるようになるまでに2年以上かかりましたね

 故人は60代。妻と死別後、ひとり暮らしをして、長く持病を患った末の自殺だった。

 彼女は、2日前に故人と会っていたと言う。そのときに父が告げた「今までありがとう」という言葉に、違和感を覚えたという話をしてくれた。

遺書がなかったために真実はわかりませんが、家族に面倒をかける前に逝こうと考えたのではないかと思われました。私には、最後までプライドを持って生きたのだと感じられた。でも、遺族にとってはとうてい承服しがたい、やりきれないものですよね

特殊清掃を終えると、鼻を床に押しつけるようにして最終確認を行う。死臭が残っていないか部屋中を調べる。納得がいかなければ何度でもやり直すという
特殊清掃を終えると、鼻を床に押しつけるようにして最終確認を行う。死臭が残っていないか部屋中を調べる。納得がいかなければ何度でもやり直すという
【写真】20代男性が自殺前に残した張り紙には最後の思いやりが