いつ起きてもOK、豪華おせちも登場する理由

 デイサービスセンター『さくらの里』では、在宅介護にも力を入れていた。しかし、自分の家で最期まで過ごせる人は少ない。重い介護が必要になると、家族で世話をするには限界が訪れて、老人ホームや病院などへ頼らざるをえなくなる。そのようにして在宅介護から介護施設などへ移るとき、やむなくペットをあきらめなくてはならない現実があった。ひとり暮らしの高齢者であれば、なおさらだ。

 ある男性は、要介護になりたったひとりの家族だったペットを保健所に引き渡すしかなく、その後、入居先の老人ホームで生きる力をなくし、わずか半年で亡くなってしまった。そういった現実に、『さくらの里』のスタッフも心を痛めていた。

 高齢者にとって“最後の受け皿”となる居場所が欲しいと若山さんは考えていた。そうして誕生したのが特別養護老人ホーム『さくらの里 山科』だ。自治体の地域福祉計画に沿って'10年から準備し、’12年に設立。法人化を待望していた両親の夢を、特別養護老人ホームの設立で叶えることができた。

 そのころ、若山さんの母親はがんで闘病中だったが、ホームの認可が下りたことにとても喜んでいた。しかし、残念ながら、ホーム完成の直前に亡くなった。

『さくらの里 山科』では、高齢者が住む10LDKのマンションをイメージした。旅行行事やホーム内での公演、手工芸などを行い、食事にも力を入れる。お正月には、ひとりひとりに本物の漆塗りの重箱に入ったおせち料理を出し、伊勢海老を用意したこともある。夏はウナギや鮎、冬にはフグやあんこう鍋がふるまわれる。起床時間も消灯時間も決まりはなく、ゆっくり寝て、遅く起きてもかまわない。夜遅くまでタブレットでインターネットをしたり、テレビを見ていたりする人がいてもいいのだ。

東京にある国立博物館を見学したり、ミカン狩りに出かけたり、旅行は大切なイベントのひとつ
【写真】『さくらの里 山科』の施設内、入居者がワンちゃんたちと触れ合う様子

 食事の時間も、一斉に「いただきます」をするスタイルではなく、2時間の幅で自由に食べることができる。そして、ペットと一緒に入居することも可能とした。「あきらめない介護」のひとつとして、日常の自由を守ることを決めていたからだ。そのイメージは、「わが家」だと若山さんは言う。

老人ホームの世界は、この10〜20年で大きく変化したんです。それ以前は、国の高齢者福祉政策は“老人の保護・収容”という発想でした。でも、今は、高齢者の人権にも意識が届くようになってきています

 それまでは、高齢者の最低限の生活を保障するという「生存権」の考え方だったが、自由に暮らす権利を守る「幸福追求権」を目指すようになってきているという。「生存権」の考え方でいえば、3大ケアといわれる「食事」「排泄」「風呂」さえ介護すれば人は死なない、という発想だった。しかし若山さんには、「ひとりひとりの生活の質を高めたい」という思いがある。だからこそ、家族であるペットとの生活もあきらめない。最期まで愛犬や愛猫と一緒に暮らせる環境は、「生活の質」の中に当然、含まれるべきものだった。

入居者のペットも、保護された犬・猫も関係なく、のびのびと過ごす動物たちと触れ合える

 こうして生まれた『さくらの里 山科』は、4階建ての120床、完全個室制・ユニット型。1ユニットは、イメージとしては、10LDKのマンションに近い。居室10室(10名)とリビング、キッチン、3か所のトイレ、お風呂からできていて、それが全部で12ユニットある。

 そのうち、2階部分に犬と暮らせる2つのユニット、猫と暮らせる2つのユニットがある。現在、ここで暮らす動物たちは、犬11匹(入居者の飼い犬8匹、保護犬3匹)、猫も9匹(入居者の飼い猫5匹、保護猫4匹)。3階と4階には、動物が苦手な人も入居できるようになっている。