動物たちが与えた影響

 また、動物たちの持つ力を借りて、病気の症状が改善された高齢者もいる。

 大の猫好きだった斎藤幸助さん(仮名)は、認知症を患っていた。『さくらの里 山科』を知った斎藤さんの息子は、猫ユニットへの入居を申し込んだ。初めて猫ユニットの玄関の扉を開けたとき、小さな猫が斎藤さんの足に体をこすりつけ、可愛い声で鳴いた。その瞬間、斎藤さんの顔が輝いたのを職員は見ていたそうだ。

 認知症になると、無気力・無感情のような症状が出る。しかし、斎藤さんは、猫との暮らしで表情を取り戻し、生きる希望を取り戻し、歌を歌い、リハビリにも意欲的になっていった。

 斎藤さんは、トラという猫と仲よしになった。床にあぐらをかいて歌う斎藤さんの脚のあいだに、トラがちょこんと座る。歩行訓練に使うシルバーカートにトラがちょこんと座り、斎藤さんはそのカートを押す。気まぐれなはずの猫が、何十分もそのカートに座る姿は、斎藤さんのリハビリを応援しているかのように見えたそうだ。

 動物に励まされた入居者は、斎藤さんだけではなかった。愛犬のナナと入居した渡辺優子さん(仮名)は、進行性核上性麻痺という難病だった。ナナと離れたくないという思いで、ギリギリまで自宅での生活をしていた渡辺さんは、ナナと入居し、十分な介護を受けたことで衰弱した身体が劇的に回復したものの、少しずつ進行する病気に治療法はなかった。しかし、リハビリは有効な手段だ。

 実際の肉体の苦痛は、気力だけでは乗り越えられない。「ナナのために頑張る」と口癖のように言っていたが、平行棒を3メートル歩いて、苦しむ渡辺さんの様子に、作業療法士も悩んでいた。

「ナナと一緒にリハビリしてもらったらいいんじゃない?」 

 と提案したのは、介護職員の出田恵子さん(犬ユニットリーダー担当)だ。作業療法士はそれを聞き、ナナを乗せた車椅子を渡辺さんに押してもらう方法を思いついた。

 初めてナナと歩行訓練をした渡辺さんは、3メートルどころか、50メートル以上ある長い廊下を歩き切ることができた。1か月後には、廊下を2往復できるまでになり、口の動きはさらに回復し、単語を明瞭に言えるようになった。ナナは、難病と闘う力を与えたのだ。

 渡辺さんは、その後、医師も驚くほど回復をしたが、少しずつ病が進行し、残念ながら亡くなってしまった。ナナは渡辺さんをベッドで看取ったあとも、今もホームの愛犬として元気に暮らしている。職員の出田さんの後ろをついて回ることもある。

 介護職歴19年で猫ユニットのリーダーを務める安田ゆきよさんは、入居者が動物と一緒に暮らすことで「介護だけでは味わえない、ケアの方法が増えたと思います」と話す。動物のいない施設では経験のないようなことが『さくらの里 山科』では、たくさん起きているという。

介護職員の安田さんは「動物たちが入居者や職員に活力を与えている」と話す
介護職員の安田さんは「動物たちが入居者や職員に活力を与えている」と話す
【写真】『さくらの里 山科』の施設内、入居者がワンちゃんたちと触れ合う様子

生き物の力を感じます。入居者さんも、職員も、喜怒哀楽のある刺激のある暮らしです。単調ではないことが、活力の一部にもなっています

 例えば、体力が衰え、ふらつきがちでつかまり立ちだった入居者が「猫を触りたい」「なでたい」という思いで屈伸するようになり、筋力がついて、猫が背中に乗っても、おんぶができるようになったこともある。そして、歩けるようになっていく。

そういったことは、人間のケアではできない。動物たちが与えた影響なんです」(安田さん)