「あきらめない福祉」を叶えるために

 飼い主とともに入居したペットも、保護犬や保護猫たちも、動物たちの世話はすべて職員が行っている。そもそも介護の現場は深刻な人手不足に加えて、不規則な勤務形態や給料の安さなどから離職率が問題になることも多い。『さくらの里 山科』の職員たちは、負担をどう感じているのだろうか?

猫の食事、トイレ掃除や病院受診など、プラスアルファの仕事は増えますが、生活の一部になっているので、そんなに負担は感じていません

 と、ベテラン介護職員の安田さんは言う。動物が好きだからという理由で、犬猫ユニットを希望するスタッフもいるそうだ。

 前出の出田さんは、「私たち職員も、動物に癒されている面もあるんです」と話す。「それに、一斉に食事をするスタイルだと大変かもしれませんが、ここでは、○○さんは8時ごろ、××さんは9時ごろに食べる、と、それぞれのスタイルに合わせて食事の用意をするので、バタバタしないメリットもあります」

 実際、『さくらの里 山科』では職員の定着率も高く、動物がいる職場で働きたいと、求人に応募してくるケースも少なくないという。

 若山さんは、「犬や猫へのオヤツ禁止令を出したこともあるんです」と笑って話す。職員や入居者が、ホームの動物たちをかわいがるあまり、太ってしまうほどオヤツを食べさせてしまうからだ。色とりどりの洋服やおもちゃも増えた。

「犬たちは、入居者の食事の時間だけは、それぞれのケージで過ごすようにしています。入居者さんも、自分の食べているものを、ついかわいくてあげてしまうんですね。“あげないでください”と言わなくてすむように、そうしているんですよ」

ペットと入居できる老人ホームは「今後、ニーズが増えていくはず」と若山さんは力を込める 撮影/伊藤和幸
ペットと入居できる老人ホームは「今後、ニーズが増えていくはず」と若山さんは力を込める 撮影/伊藤和幸

 家族の一員であるペットとともに、おだやかで安心できる、当たり前の日常が過ごせるよう力を尽くしてきた若山さん。しかし、長引くコロナ禍はそんな日常を一変させ、高齢者施設に大きな影響を及ぼしている。『さくらの里 山科』も、例外ではない。

「この施設では、面会時間の制限がなくて、いつでも何人でも来てくださいという自由な決まりだったんです。なので、日ごろから面会の多いホームでした」

 しかし、感染拡大の中では、そうはいかなくなってしまった。

「毎日立ち寄る方、仕事帰りの19時とか20時とかにちょっと立ち寄る方もいましたが、それが今はまったくできないのが残念です」

 現在は、入居者の家族のみ、1階の入り口で、窓越しに携帯電話で話すという面会スタイルになってしまった。

 施設内の感染対策はマスクの着用は当然のこと、消毒用アルコールも常時設置するなど以前から徹底していたが、「コロナ以降は感染対策のレベルを上げました」(若山さん)

 職員は勤務にあたり、自宅での検温が必須になった。37・5度以上あれば出勤できなくなるため、調整に奔走しなければならない。

 これまでは、外出行事にも力を入れていたが、すべてできなくなってしまった。比較的体力のある入居者の誕生日には、本人が望む食事を、職員と一緒に寿司店やレストランなどへ食べに出かけてお祝いをするが、それも今はできない。家族に会えない1年間を過ごした入居者は、活気がなくなり、認知症の進行が早まった高齢者もいると、若山さんは心配している。

それでも、犬や猫がいることで、救われている入居者もいると思います」(前出・安田さん)