塩谷の相手は、料理研究家の園山真希絵とモデルの冨永愛。お団子ヘアがトレードマークの園山と、日本人離れしたスタイルが売りの冨永という、対照的なふたりとほぼ同時進行で交際していた。しかも、園山の実家に婚前旅行した翌日に、冨永にプロポーズするという、絵に描いたような二股だった。

 その後、会見を開いて涙を流しながら謝罪。これについて山路は「泣きたいのは女性のほう。“つらいから勘弁してくれ”と言ってるとしか思えない」と分析した。この人、自分の経験を活かして(?)二股・不倫評論家みたいになっていたのである。

 さらに、ラジオではかつて自分を拘束したミャンマーの反政府軍司令官から「大変なことになっているようだけど、そんなにつらかったら戻ってくれば?」というメールが届いたエピソードも披露。「戻ったら戻ったで、また拘束されても大変だしさぁ」と笑い話にしていた。

 二股をめぐるトラブルもいわば、男女間の紛争。好奇心やスリルを求める気持ちがあえてそこへと向かわせるのだ。ある意味、勇者なのかも!?

ドラマ顔負け、芸能史に残る二股騒動

 二股騒動は昔からあった。例えば、1983年、水沢アキが開いた会見を覚えている人も多いだろう。

 当時、水沢は国広富之と交際中。「お嫁さんにしたい女優」と優男系のイケメン俳優の組み合わせはいかにも似合いで、結婚秒読みともいわれていた。実際、会見でも「9月に挙式する予定で教会も予約していたし、ウエディングドレスも作ってあったんです」と語り始めたが──。

 国広がサイパン旅行に若い女性を同行させていたことが判明。赤木春恵さんの娘で、タレント活動も行っていた野杁(のいり)泉だ。国広サイドは「ただの幼なじみ」だと釈明したものの、水沢は「道徳心のない人は嫌いです」と報道陣の前で怒りを爆発させた。

 その後、国広は謝ったが、彼女の不信感は消えず、この会見となった。水沢は「妥協で結婚したら幸せになれない」として「婚約指輪は会いたくないから郵便で送り返します」と、涙ながらに絶縁を宣言したのである。

 ちなみに、野杁の存在がわかったのは、サイパンから帰国した際、国広の付き人男性が大麻所持で逮捕されたからだった。これがなければ、ふたりは結婚していたはず。まさに、ドラマ顔負けの破局劇だったわけだ。