妻である希実子さんの父、つまり義理の父親が手がけていた事業がバブル崩壊で破綻。多額の借金をつくってしまいました。連帯保証人だった團十郎さんは、義父が亡くなると20億円ともいわれる借金を背負うことになったんです」(前出・スポーツ紙記者)

 個人としてはあまりに巨額な負債。この窮地に助け舟を出したのが松竹だった。

'76年、自宅の庭で稽古中の十二代目團十郎さん。この翌年に海老蔵が誕生した
'76年、自宅の庭で稽古中の十二代目團十郎さん。この翌年に海老蔵が誕生した
【写真】海老蔵が誕生する前、若かりし頃の市川團十郎さんがかっこいい!

完済後、即売却した背景

歌舞伎の“宗家”と呼ばれる團十郎さんたち成田屋と松竹はビジネスパートナー。借金が原因で興行に支障が出ては松竹側も困りますからね。'92年に、團十郎さんの自宅の土地と建物を担保にして借金を肩代わり。完済と同時に返却する約束だったそうです」(市川家に近しい人)

 '13年に十二代目團十郎さんは死去。残った負債は息子である海老蔵が返済することになった。

「負債は半分以下になっていたと聞いています。完済したら市川家の所有になると思っていたのに、急に売却ですからね。関係者たちは驚いていますよ」(前出・梨園関係者)

 この件について松竹に問い合わせると、

「土地に関しましては、弊社が平成4年より所有していたものを、本年売却いたしました。しかし、弊社と市川海老蔵さんとの基本的な関係については、今後も全く変わりはございません」

 双方の合意があったようだが、元・松竹の宣伝マンで芸能レポーターの石川敏男氏は、返済計画に修正があったのではないかと指摘する。

海老蔵さんは'20年5月に息子の勸玄くんと團十郎・新之助のダブル襲名をする予定でした。先代が3か月連続の襲名披露を行ったのにならい、大々的に行えばまとまった収益が確保されたはずです。

 しかし、新型コロナウイルスの影響で公演のめどが立たなくなりました。加えて、オリンピックも延期になって世界中の人に歌舞伎を見てもらうチャンスもふいに。コロナ禍による収入減はかなりのものだと思います