若者とは感覚が違うから面白い!

 小林の姿勢とユーザーの反応に、新たな可能性を感じた横澤氏は、次々と企画を持ちかけた。'14年夏、東京ビッグサイトで行われた世界最大の同人誌即売会「コミックマーケット」、通称「コミケ」に参加したのも横澤氏の提案によるものだった。

「『コミケに出ませんか?』と提案したとき、幸子さんの口から出たのは『コミケって何?』でした(笑)。そこで、会場で手売り販売するイベントなのだと説明したら、『なつかしい!』と目を輝かせたんです」

 小林の脳裏に浮かんだのは、キャバレーで歌い、キャンペーンでレコードを手売りしていたあの日々のことだろう。

「幸子さんは『私、昔イベントでレコードを手売りしていたの。だから、またやりたい!』と言ってくれました」

 昔さんざん苦労して売り歩いてきたから、二度とやりたくないと感じてもおかしくないはずなのに、今さら新人歌手のようなことをするのに抵抗はなかったのか。そう尋ねると小林は朗らかに答えた。

「売れない時代にさんざんやってきたからこそ、手売りは私の原点でもあるんです。私の歌を“聴かせてあげる”ではなく、“歌わせてもらっている”。その思いを忘れないためにも、自分の手でお客さんにCDを届けることは大事だと思うんですよ。ずっと立ちっぱなしだったから、足腰はつらいけどね(笑)」

頭にバンダナを巻き、コミックマーケットに参加。お客様と目を合わせ、懸命に手売りを行った
【写真】頭にバンダナを巻き、「コミケ」に参加した小林幸子

 手売りは原点─。その言葉どおり、コミケ当日、小林はCDを詰めたキャリーバッグを引いて一般の参加者と同じ入り口から入場。頭にバンダナを巻いて自らブースに立ち、ひとりひとりにボカロのカバー曲を収めたCDを手渡しで販売した。小林のブースには客が殺到し、1kmにも及ぶ長蛇の列が。用意していた1500枚のCDは、2時間半で完売したという。

 自分の子ども、いや孫であってもおかしくない年齢の若者と接したこの日の思い出を、楽しそうに振り返る。

「コスプレをした人たちがいっぱいいてね。私が“かわいいね”と話しかけたら、“コスプレの女王に褒められてうれしい!”って。私、いつの間にか“コスプレの人”という立ち位置になっていたみたい(笑)。若い人との感覚の違いに驚くこともたくさんあるけれど、“感覚が違うから付き合わない”じゃ、もったいないですよね。違うからこそ面白いと私は思うんです」

 コミケというリアルな場に登場したことで、これまでニコ動で小林を見てきたユーザーとの距離は一気に縮まった。横澤氏が分析する。

「幸子さんは、コンサートなどの場で観客と向き合いながら歌ってきたので、リアルなお客さんの心をつかむ術を知ってる。われわれは、ニコ動の画面に流れてくるコメントなどでユーザーの心理やニーズを分析するノウハウは持っていますが、リアルなお客さんと向き合う経験は幸子さんの足元にも及ばない。僕らとしても幸子さんに学ぶべきところはとても大きいんです」

2015年、派手な衣装でニコニコ超パーティーを盛り上げた(提供:ニコニコ)

 思えば、小林は下積み時代から、どうすれば振り向いてもらえるかを考え続けてきた。彼女が長年かけて培ってきた観客の心をつかむ術。それを横澤氏はほかの場面でも目の当たりにしている。'15年、さいたまスーパーアリーナでのライブ『ニコニコ超パーティー』で、『存在証明』という曲を披露したときのこと。「君は君のままでいい」というメッセージが込められたこの曲を歌うにあたり、小林から「歌う前にトークを入れたい」と提案があったという。

 当日、小林は会場の観客2万人とネットで視聴している10万人のユーザーに向けて語りかけた。

「君は君のままでいいんだよ。私も自分が自分でいられなくなるようなつらいときもあった。でも、困難を乗り越えたからこそ、今の私がある」と─。

「このトークは幸子さんが自分で考えたものです。幸子さんは、自分をカッコよく見せることではなく、自分の歌を聴いてどのような気づきを得てもらえるかをいつも意識している。これこそが、究極のエンターテイナーの姿なのだと気づかされました」


 横澤氏のこの言葉は、小林が“演歌歌手”なのではなく、“演歌も歌えるエンターテイナー”なのだと教えてくれている気がした。