ボカロ相手に湧いた闘争心

 小林の歌手人生を大きく変えることになった運命の出会い。それが「ニコニコ動画」、通称「ニコ動」だ。これは、株式会社ドワンゴが設立した動画共有サービス。配信される動画の画面上にリアルタイムでコメントを書き込めることで、ユーザーが思いを共有できることが最大の特徴だ。'12年、小林は初めてニコ動の番組にゲストとして登場している。

「ボカロ曲は演歌にはないメロディーラインがある。歌うのは難しいけれど、いい曲もいっぱいあるんですよ」撮影/伊藤和幸
【写真】頭にバンダナを巻き、「コミケ」に参加した小林幸子

「収録のため足を踏み入れたのは、見たこともないような小さなスタジオ。カメラもテレビカメラではなく一眼レフで撮るんです。その代わり、大きなモニターがあって、そこに次々と視聴者のコメントが流れてくる。それがとても面白いと感じました」

 小林の出演を決めた理由について、株式会社ドワンゴ専務取締役CCO横澤大輔氏(39)が明かす。

当時は、“ネットはテレビなどのマスメディアより格下”というイメージが強く、そのイメージを払拭するためにわれわれも奮闘していた時期でした。そういったこともあって、幸子さんが置かれていた立場とニコ動には通じるものがあるような気がしたんです。

 また、演歌界を長年牽引してきた幸子さんがニコ動に出てくれたら、ニコ動で活動する歌手や踊り手などのクリエイターにとっても大きな励みになると思いました」

 実は、それ以前から小林は、ネット世代の若者たちから「ラスボス」の愛称で親しまれていた。紅白歌合戦での豪華絢爛な衣装が、ゲームの最後に登場する最強の難敵、ラスボスを彷彿とさせるというのが、その所以だ。小林が苦笑する。

「ニコ動に出演したとき、司会の方が『ラスボスって呼んでもいいですか』と聞くので、『いいですよ』って答えたら、画面に“ラスボス降臨~!”という言葉がいっぱい流れてきたんですよ。

 でも実は、私、ラスボスの意味を知らなくて。後でスタッフに聞いて初めて『悪いやつじゃん!』って気づきました(笑)。その後は、道端で若い人に『ラスボスだ、生きてる!』なんて驚かれたことも。私は人間だと思われていないのね(笑)」

 やがて自身でも動画投稿を始める。その第1弾として、『ぼくとわたしとニコニコ動画』をカバーした動画を投稿すると、たった2日半で再生回数100万回を突破した。

「この曲の歌詞を見て感じたのは、居場所を見つけられず、生活に楽しさを感じられない子たちにとって、ネットは人とつながれる大切な場所だということ。その感覚に興味が湧いたんです」

 ネットの世界に惹きつけられた小林は、今度はボカロ曲の歌唱に挑む。ボカロとは音声合成技術「ボーカロイド」の略。パソコンなどにメロディーと歌詞を入力して歌声を合成すると、初音ミクをはじめとするバーチャル・シンガーが歌い上げるというものだ。

「ボカロ曲は生身の人間が歌うわけではないので、100小節以上息継ぎするところがないとか、ありえないような曲もあります。でも、『機械ができて人間が歌えないわけがない!』なんて妙な闘争心が湧いてきてね(笑)」

 このとき小林が感じたのは、“歌の引き出し”の重要性だ。

「下積み時代にキャバレーでジャズやシャンソンを歌って引き出しを増やしてきたことで、ボカロという新たなジャンルに挑戦することにも抵抗がなかった。自分のやってきたことに無駄なことなどないとあらためて実感しました」

 次々と新たなことに挑戦し、そのすべてに全力をそそぐ小林の姿に、ドワンゴの横澤氏は感銘を受けたという。

「当時は“ネットはテレビなどより格下”という感覚からか、タレントさんの中には、ニコ動の仕事には一生懸命取り組んでくれていないと感じる方もいました。でも、幸子さんは違った。視聴者を楽しませることに貪欲で、『こうしたらもっと面白くなるんじゃない?』と提案してくれたり、一緒に作り上げているという実感がとても強かったんです」