「真っ白にしてやろうと思った」

 コロナ禍にあっても、小林は活動のギアを緩めていない。YouTubeチャンネルでは、ファンのリクエストに応え、さまざまな曲をカバーして自宅で歌う動画を公開している。

 昨年、ロックバンド『SOPHIA』『MICHAEL』のボーカル・松岡充(49)とコラボし、『シロクマ』というユニットを結成した。

「楽曲には歌う人の心から生まれた言葉が必要」という思いから、新曲を作るにあたり、松岡は小林に長時間に及ぶインタビューを敢行している。

「幸子さんは、いつも笑っていますが、芸能界で長年生きていればいろいろなことがあるはず。その笑顔の下に隠れた苦しみや悲しみを知りたいと思ったんです」

2020年、松岡充と新ユニット「シロクマ」を結成した(提供:ニコニコ)
2020年、松岡充と新ユニット「シロクマ」を結成した(提供:ニコニコ)
【写真】頭にバンダナを巻き、「コミケ」に参加した小林幸子

 松岡のインタビューを受けながら、小林は時折涙ぐみ、返答に詰まりながらも誠実に回答した。

「中でも印象的だったのは、『人生にひとつひとつ“白”を並べていって、自分の歴史を積み上げてきたけれど、突然、四隅に黒を置かれて、すべてを真っ黒にされてしまった』という言葉。ただ、幸子さんはそれだけでは終わらない。

 続いて『だったら、真っ白にしてやろうと思ったんだよ』という言葉が出てきたんです。『この人は、どんなに悔しくて投げ出したくても歯を食いしばって前に進んできたんだろうな』と感じました」


 そうして松岡が書き上げた曲が『しろくろましろ』だ。その中にある《白を黒に変えられても真白に戻せ》というフレーズは、まさに小林の言葉をそのまま使ったものだ。

 力強く背中を押してくれるこの曲は、ミュージックビデオもユニーク。真っ白な服を着た小林と松岡が色とりどりのペンキを塗り、最後にはペンキまみれになる。

「僕が内容を提案したら幸子さん『おもしろそう! やろう!』ってすぐに賛成してくれて。しかも、僕は刷毛でペンキを塗ろうとしたんですが、幸子さんは、子どものようにはしゃぎながらペンキをぶちまけていました(笑)」

 そんな天真爛漫な一面がある一方、他人に寄り添う一面があると横澤氏は言う。

「『ちゃんとご飯食べてる?』と、僕のことを心配してくれたり、まるで母親のようなところがあるんです」

 さだが小林のことを「苦労してるから立場の弱い人の痛みを知っている。誰に対しても優しい」と評すれば、夏木も「“ぜひこの曲を歌って”とリクエストしたら、後日、本当に歌って配信してくれました。律義な人です」と語る。

 昨今の活躍について、小林は「みんなが私を素材にして面白がってくれるから、それに乗っかってきただけ」と謙遜するが、多くの人が小林と仕事がしたいと感じるのは、周囲を惹きつけてやまない人間性があってこそだろう。

「自分のことって、実は自分がいちばん知らないのかもしれませんね。だから、周囲の意見を大切にしたいんです。信頼する人が『これ、面白いですよ。やってみましょう』と言ったら、一度は受け入れて考えてみる。

 また、一生懸命頑張っても思いどおりにならないときは『精いっぱい努力したんだから』と、自分を受け入れる。“受け入れる”という引き出しがあるとすごく楽になれるんです。だから私は今、すごく楽に生きています」


 とはいえ、ただ楽に生きているだけではない。同じ歌の世界の後輩である松岡は、小林に尊敬のまなざしを向ける。

「あの大型衣装はかなり体力が必要で、並みの歌手ではとても着て歌えない。難しいボカロ曲にしても、幸子さんは自分のものにして歌いこなしている。きっと陰でものすごく努力していると思うんですよ。“ラスボス”という呼び名は、ある意味ピッタリなんですよね。だって、人間を超越している存在だと思うから」

 閉塞感漂う時代を軽やかに駆け抜けていく小林にとっては「どこに向かっているの?」という問いすら愚問なのかもしれない。

「特に、行き先を定めているわけじゃないんです。これまでもそうだったように、出会った人によって道は変わっていく。そのために、引き出しをたくさん用意して、『これ、面白い』と思える感性を磨いておきたいですね」

 今後、小林の人生にはどんな引き出しが増えるのだろうか。無数の引き出しから繰り出されるのは、見たこともない鮮やかな景色に違いない。

〈取材・文/音部美穂〉

おとべ・みほ ●フリーライター。週刊誌記者、編集者を経て独立。著名人インタビューから企業、教育関連の取材まで幅広く活動中。共著に『メディアの本分 雑な器のためのコンセプトノート』(彩流社)