「上皇ご夫妻は、日課である朝の音読とご散策は欠かさずに取り組んでおられます。音読の題材は、以前は山本健吉さんの『ことばの歳時記』でしたが、最近は寺田寅彦さんの随筆を集めた『話の種』にかえられました。ご散策は雨の日でも傘をさしながら、お庭に咲く花々などをご覧になっています」(上皇職関係者)

 6月24日、宮内庁は上皇さまが『オキナワハゼ属』の2つの新種を発見されたことを公表した。

「コロナ禍になってからも、上皇さまはライフワークの魚類研究を継続され、皇居にある生物学研究所に週2回ほど通われていました。上皇さまによるハゼの新種発見は18年ぶりで、新種の和名や学名も、ご自身で名づけられました」(皇室担当記者)

80年来のご学友が“絶縁宣言”

 上皇さまの研究が一段落し、美智子さまも安心されていることだろう。そうした穏やかな日常を豊かに彩るのが、長年交流のあるご友人からのお便りだという。

「お手紙とともに音楽CDや本、各地域の特産品などが届きます。上皇ご夫妻はそれらをご覧になりながら、思い出話に花を咲かせ、楽しそうに過ごされています。外出が困難でも、身近な発見や感動を大切にされているようです」(前出・上皇職関係者)
“おこもり生活”でもご友人との交流を続けられる一方、途絶えてしまった“つながり”もある。

「私は今、上皇さまとは絶縁状態です。以前のようにお付き合いすることはもうないと思います」

「皇室は変わってしまった」と険しい表情で語る明石さん 写真/渡邉智裕

 そう衝撃的な事実を打ち明けたのは、上皇さまと『学習院幼稚園』時代から80年以上にわたってご交流があった明石元紹さん。“上皇さまを最も知る存在”として、ご成婚や即位、生前退位に際してたびたび取材を受けてきた。

 '13年に出版した上皇さまについての著書『今上天皇 つくらざる尊厳 級友が綴る明仁親王』(講談社)には、
《学校、疎開、スポーツと、陛下のお傍で過ごす運命になったのである。そのため、日記のように私の生涯をつづると、陛下の思い出が大半を占めてしまうのである》

 とあり、上皇さまと過ごされた充実した日々が伝わる。

「上皇さまは、生まれつき特別な存在でいらしたことも確かだけど、級友の私から見たら“ふつうの子ども”だったんです」(明石さん、以下同)

 学習院初等科時代は日光への疎開をともに経験し、中等科時代からはあだ名で呼び合う仲に。

「あのころは身体的特徴のあだ名も平気でつけていて、当時皇太子殿下だった上皇さまのあだ名は“チャブ”でした。スポーツで日焼けされた肌を、蚊取り線香の器に使う茶色い素焼きの豚と重ねて名づけたんです。それほどの仲でした」

 当時は敬語を使わず、上皇さまも特別扱いされないことがうれしいご様子だったという。