優等生が犯罪者になるまで

「被災地の役に立ちたくて、会社を辞めてきました」

 智也は周囲にそう話していた。人の役に立ちたいという気持ちは嘘ではなかったが、会社を辞めた理由は他にあった。

 智也は、同じ職場の女性と交際するようになり、女性は智也との結婚を前提に退職し、ふたりは同棲生活を始めていた。ところが、ある日突然、女性は他に好きな人ができたと智也の下を去った。そして、女性が次に交際を始めたのは智也の部下だった。同僚にはまもなく彼女と結婚すると話しており、智也は職場に行きづらくなった。

 そこで、復興支援事業を始めることを理由に退社したのである。

「子どものころは“ガリ勉”といじめられてました。あまり褒められたことがなかったので、地元の人たちが受け入れてくれて嬉しかった反面、急に掌を返されたような気もしていました」

 会社を設立したものの身が入らず、ギャンブルにばかりのめり込むようになった智也。家庭を築く目的を失い、自暴自棄だったという。 

 そんな智也に、何も知らない地域の人々は、疑いもなくお金を預けた。 

「金というより、他人をコントロールすることに快感を得ていたのだと思います」 

 智也は幼いころ、身体が弱く性格も内向的だった。勉強ができるより、活発な男の子がもてはやされる地域で、智也は友達もなく孤独に育った。両親は、スポーツで活躍する兄の応援にばかり夢中で、智也は家庭の中でも孤立していた。

 兄はスポーツ推薦で有名高校に進学したが大学受験に失敗し、その後はフリーター生活だった。両親は、兄に恥ずかしいから実家に戻って来るなといい、今度は智也ばかりを可愛がるようになった。

 父親は、事件後まもなく他界。敏子は、罪悪感から食事をとることができなくなってしまった。刑務所に収監された息子の帰りを待つと、拒食症を克服したが、息子の顔を見ることができないまま亡くなってしまった。

 刑務所で母の死の知らせを聞いた智也は、ようやく犯した過ちを心から悔いたという。

子の学歴は親の買い物

 里子(仮名・50代)の長男・祐樹(仮名・20代)は、都内の有名大学に通う学生だったが、振り込め詐欺で逮捕された。祐樹は、これまで友人からの借金やアルバイト先での横領などさまざまな金銭トラブルを起こし、その都度、すべて親が代わりに返済してきた。 

「退学だけにはならないようにと援助してきたのですが、すべてが水の泡になりました」

 子どもの尻拭いにあたる親の「援助」が報われることはない。むしろ、さらなる事態の悪化を招くのである。 
 
 親は学歴にこだわるが、祐樹はほとんど大学に行ったことはなかった。“教育ママ”の里子は成績第一で、幼いころから息子の生活や交友関係を厳しく制限していた。高校時代はもっとも厳しく、趣味や部活は許さなかった。受験先は親が決めたようなもので、祐樹にとってはどこでもよかったのだ。合格すればひとり暮らしができ、新車も買ってもらえるというので、実家を出たい一心で勉強に励んだ。

 祐樹はコミュニケーションが苦手で、大学で友達を作ることが難しかった。対等な関係を築くことができず、相手より優位に立たなければ信頼関係を構築できなかった。優位に立つために奢ったり、交際相手には高価なプレゼント送ることで関係を維持していた。次第に周りには悪い仲間ばかり集まるようになり、振り込め詐欺集団に取り込まれることになる。 

 事件の影響で、祐樹の父親は退職せざるを得なくなった。すでに祐樹の事件で貯金を使い果たしており、そのしわ寄せは、これから進学を控えているきょうだいに及んでいる。