ここで少しだけ別のお話をしますが、私の母は、なぜか洋服を作れます。私は子供の頃、サッカー少年団に入っていて、練習で使う短パンも母が簡単に手作りしてくれました。

ボタン選びと言葉選び

 あの頃は「みんなと同じメーカー品がいい」と親不孝なことを言っていましたが、何でも作れてしまう母親を、子供ながらに「すごいなあ」と思っていました。

 ある時、母親が布や糸を買いに行くというので、ついて行ったことがありましたが、そのお店で見つけたのが驚きの風景。

 目の前に広がる「ボタンだけで埋め尽くされた1フロア」でした。丸いもの、四角いもの、星形のもの。

 ボタンの入った引き出しを、お客さんそれぞれが開けて覗いています。色も無数にありました。

 私もいくつか手に取りましたが、こんなボタンはどんな服に合わせるのか、と考えるだけで面白かったものです。

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 このボタン選びに通じるのが、言葉選びです。どのボタンも、左右を留める役割は果たします。しかし、それが服に合うボタンかどうかは別問題です。ボタンとしての仕事を果たしたうえで、服を着る人も喜んでくれるボタンはどれか。

 言葉を選ぶ準備とはたくさんの言葉を引き出しに集めておいて、その人にフィットする言葉を見繕い、最後に一つに絞ること。

 まさか、母親の洋裁が言葉のチョイスに生きるなんてびっくりです。

 先日も私の家のカーテンを作り替えてくれるというので、実家に行きました。母親は今でも、ミシンを操っていろいろと作り出しているのです。生地の厚みに合うミシン針と糸はどれかと繰り返し、納得のいく縫い目を追い求める。まさに「私の原点、ここにあり」でした。

 言葉のチョイスにこだわりすぎて後輩を困らせないようにと、心に誓いました。


藤井 貴彦(ふじい たかひこ)日本テレビアナウンサー
慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、1994年に日本テレビに入社。スポーツ中継からバラエティ番組まで幅広いジャンルの番組で活躍。現在は平日夕方放送の「news every.」のメインキャスターを担当。