その後、7月6日には、世界32カ国の科学者239人が、「 世界保健機関(WHO)や各国はコロナが空気感染で拡大することを認識すべき 」 との論考を、アメリカの『臨床感染症学誌』に発表した。アメリカ・テキサスA&M大学の研究者らが、アメリカの『科学アカデミー紀要』に「空気感染こそ、コロナ感染拡大の主要なルート」という論文を掲載するなど、空気感染がコロナ感染拡大の大きな要因であることは、いまや医学界のコンセンサスだ。

 だからこそ、テニスの全豪オープンでは、飛行機の同乗者に陽性者が出て、錦織圭選手ら全員が2週間の隔離となった。これは空気感染を考慮したからだ。

 コロナが空気感染するなら、これまでのクラスター対策一本槍の感染対策では不十分だ。「バブル方式」を厳格に実行しても、必ず感染は起こる。五輪会場や選手村には、業者などさまざまな人々が出入りし、もし彼らの中に無症候感染者がいたら、エアロゾルを介して感染が拡大するからだ。

 案の定、東京五輪では多数の感染者を出した。8月16日現在、540名の感染が確認され、このうち選手は28人だ。東京五輪関係者は数万人だろうから、感染率は1%前後だ。これはかなりの感染率だが、大部分のケースで感染経路は不明だ。「バブル方式」下での感染だから、感染経路の多くは空気感染の疑いが濃い。

空気感染のリスクをどう減らすかが議論されていない

 空気感染を防ぐには、換気するしかない。ところが、このあたり、ほとんど議論されていない。これは大きな問題だ。なぜなら、真夏の日本で換気を強化するのは難しいからだ。

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 外気と比べ、低温の空気が低層に貯留する夏場には、5分間、窓を全開にしても、入れ替わる空気は約3割にすぎない。サーキュレーターやレンジフードを稼働させてもせいぜい7割だ。感染対策にはこまめに換気するしかないが、どの程度の実効性かははっきりしない。

 現在、世界が試行錯誤しているのは、いかにして換気効率を高めて、空気感染のリスクを減らすかだ。そのための研究が世界中で進んでいる。このあたり、日本でほとんど議論されていないこととは対象的だ。そして、いまだにじゅうたん爆撃に近い「人流抑制」や、飛沫感染を対象とした「3密対策」を続けている。科学的に合理的でない対応は必ず失敗する。コロナ対策は、科学的なエビデンスに基づき、抜本的に見直さなければならない。


上 昌広(かみ まさひろ)Masahiro Kami  医療ガバナンス研究所理事長
1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。