3月12日、V6がデビュー記念日である11月1日に解散することと、森田剛のジャニーズ事務所退所が発表された。カミセンは解散と同時に活動を終了し、トニセンは活動を継続するという。デビューから約26年、彼らの歴史を振り返ると「K-POP界」との深い3つの関わりが見えてきたーー

 もしもV6がデビューしていなかったら、“K-POP男性アイドルの伝説”は大きく変わっていたーー。

 日本でSMAPの冠番組『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)や、V6出演の人気番組『学校へ行こう!』(TBS系)などが始まるなど、ジャニーズのアイドルグループがテレビ界を席捲しようとしていた1990年代後半。ちょうどお隣・韓国でも、男性アイドルグループの伝説的大ブームが起こっていたのをご存じだろうか。

 独裁政権・軍事政権の時代が長く続き、アーティストも漏れなく政治的弾圧の対象になっていた韓国では、本格的に若者向けアイドルグループが量産され始めたのは民主化後の1990年代からになる。

 そうした経緯の中で1997年、後にK-POPアイドル界のレジェンドと呼ばれる男性アイドルグループが誕生した。その名も「Sechs Kies」(ジェクスキス)である。

Sechs Kies・公式YouTubeチャンネルより

 そもそもSechs Kies誕生のきっかけは、デビュー直前の1996年に韓国で男性アイドルグループ「H.O.T.」(エイチオーティ)が大ブレイクしていたこと、そして同時期の日本でV6が大きな注目を集めていたこと、からだった。

 先行して人気の出ていた韓国のH.O.T.は5人組で、日本のメディアでは当時から“韓国のSMAP”に例えられることが多いグループだった。そんな“韓国のSMAP”に対抗すべく、後発デビューのSechs Kiesが結成コンセプトに据えたのが、ずばり“韓国のV6”である。

 Sechs Kiesは6人というメンバー構成はもちろん、当時珍しかったV6のコンセプト別ユニット・20th Century/Coming Centuryを参考に、やはりコンセプト別ユニット・Black Kies/White Kiesを設けるなど、その誕生にはV6の存在がかなり影響を与えていたのだ。

 そして“韓国のSMAP”H.O.Tと“韓国のV6”Sechs Kiesは、その後、結果として最上のライバル関係を維持しながら、2000~2001年のグループ解散までK-POPアイドル史の一時代を築くことになる。

 K-POPアイドル特有の文化として現在も発展し続ける「ファンダム」(ファンたちの能動的コミュニティ)も、もともとはこのH.O.TやSechs Kiesの熱狂的人気があったからこそ、広く定着したと言われている。

 そのような歴史の流れを踏まえると、もしもあの時期、日本でV6がデビューしていなければ。

 K-POPアイドル史に残る伝説も、その文化さえも、もしかしたら現在とは全く違う形になっていたかもしれないのだ。