かつては、精神疾患患者は人目につかないところに隔離することも行われていた。

 1950年に精神衛生法が施行されるまではそんな患者にとっては厳しい状況が当たり前だった。しかも、精神衛生法でも一定の条件下での監視は認められていたため、その後も多くの患者が病院での非人道的な環境に耐えなければならなかったといわれる。

 ’54年に薬物療法が導入される以前は、催眠療法や電気を脳に流したり、インシュリンやカルジアゾールなどの薬物を用いる療法が多かったのだ。

「精神科病棟といえば、人里離れた山奥にあって病室の窓には鉄格子。入院患者は薬を打たれたり拘束されたりする」──インターネットのそんな情報や体験談を錦山さんも信じていたひとりだ。

患者のために徹底された安全管理

 精神科病棟への入院は所かまわず暴れたり、周囲に暴力を振るったりする患者を隔離するため、と思われがちだがそれは間違い。実際には患者自身が自らを傷つけたり、自死したりしないようにするための保護措置であることがほとんどだ。

 実際、錦山さんが入院することになったタイミングも自殺未遂の直後。部屋はシンプルな造りで、靴ひもタイプの靴や、携帯電話、割ると凶器になる可能性があるものを持ち込ませないようになっていた。入院中の差し入れなども患者の症状によって制限がかけられる。

 次ページ冒頭の漫画は、錦山さんの著書『マンガでわかるうつ病のリアル』からの抜粋である。架空の人物であるうつ病患者の夢が友人の璃杏に「死にたい」という気持ちになることがある、と打ち明けているシーンだ。

うつ病の人の死にたい気持ちは、病気でない人とは違うのだ」とあるが、平成27年の厚生労働省の調査でも自殺の2割はうつ病によるもので、職場や学校のトラブルによる自殺の約2倍にも達する。

 さらに、自殺未遂を起こす人の約3分の1までが、うつ病に限らず精神科にかかっていたり、精神疾患があることもわかっている。そして、精神疾患のある人の実行率が圧倒的に高いというデータは見逃せない。

 実は、閉鎖病棟とは入院患者にとって徹底的に安全な環境を提供する場所。

「身体的拘束」も同じで、法律に基づき、開放的な環境では生命を危険にさらす可能性のある患者を守るためのものであり、基準が定められている。現在は「本人に危険が及ぶ場合」や「自殺企図または自傷行為が切迫している場合」などでしか許されず、さらに適用のルールが細かく決められている。以前とは異なるのだ。

 とはいえ、いくら病院側が細心の注意を払い、患者の安全のために拘束という手段をとっていたとしても患者の感覚は違う。錦山さんには入院時、身体拘束をされていないが、ベルトをきつく締められた経験を苦しげに語る患者と話したことがあるという。

「30代の男性患者さんだったのですが、最初、ベルトがゆるくて暴れたらはずれたため、きつく締められたんだそうです。動きが制限されてイヤだったし、拘束中はトイレをおむつですることにするのに慣れなかったので、不快だったと言っていました。こういった体験が、今も根強く残る『精神科病棟は怖い』の理由かもしれません」