日々の生活やグルメ、ファッションや旅を楽しむ名人で、自立した女性の代表であった向田邦子さん。没後40年を迎え、今なお「懐かしくも新鮮」「見習いたい!」というラブコールが上がり、著名人のファンも多い。おうち時間が増えて日常を見直す今だからこそ読みたい1冊を、向田作品愛好家に聞いた。

時代の半歩先行くお姉さん的な存在

『寺内貫太郎一家』、『阿修羅のごとく』など、テレビドラマの脚本家として活躍しながら、短編小説で直木賞を受賞、さらにエッセイの名手として多くの女性たちを魅了してきた向田邦子さん。今年、没後40周年を迎え、イベント開催や関連本の出版など、作品はもちろん、その生き方にも再び注目が集まっている。

 なぜ、昭和、平成、令和と時代を超えて愛され続けるのだろうか。本選びのプロである、書店員2人に話を聞いた。

 まず、時代の色に染まらない作風が、長く読み継がれる理由と粕川ゆきさんは語る。

家族の日常の些細なことを大切に描いた『父の詫び状』などのエッセイは、現代の自分の生活と地続きのような感覚を覚えます。家族や恋愛の物語は、年齢を重ねて読むとまた感じ方が変わるので、20代のころに読んだ作品を再び読んでみるのも楽しいです」

 向田邦子さん自身の魅力も大きい。今よりずっと女性が活躍しづらい時代に、軽やかに自立する姿を示し、女性のロールモデルとなってきた。“義務だけで働くと、楽しんでいないと、顔つきが険しくなる”という仕事論(『わたしと職業』より)は、働く女性に今も刺さる言葉だ。

「ようやく時代が向田邦子さんに追いついたという感覚。また、若いころドラマで向田作品に触れた50代にとっては、自分の時間を持てるようになった今、食やファッション、旅など、暮らしを味わい尽くす向田さんの生き方が再び憧れのアイコンとして浮上しているのではないでしょうか。向田邦子さんはどの世代にも永遠に“人生の半歩先を歩く憧れのお姉さん”です

 そう話すのは、大江佑依さん。向田邦子さんが現代にいたら、インフルエンサーになっていたかもと想像する。

食いしん坊で黒い服が好きな“黒ちゃん”

 また、“黒ちゃん”と呼ばれるほど、黒ばかり着ていた(『おしゃれの流儀』より)など、こだわりの物選びも向田邦子さんを形作るエピソードとして有名だ。

「揺るがない芯があることも、時代を超えて憧憬される理由だと思います。一方で、食いしん坊でケーキ5個を食べた後におにぎり3個を食べてお腹を壊してしまう(『向田邦子の恋文』より)など、おちゃめなエピソードも事欠かない。飛び抜けた才能だけでなく、キュートさもそろえた人だからこそ、愛されていると思います」(粕川さん)

 自宅に美味しいものの情報だけを保管しておく“「う」(うまいもの)の引き出し”を作っていた(『う』より)という向田邦子さん。そんな日常を楽しむ天才の彼女ならコロナ禍でもおうち時間の楽しみを見つけて過ごしていたのではないかと思いを馳せる。

「向田さんは、人や物の“陽のあたる面”を見つけるのがうまい人。小説『あ・うん』に出てくる不倫相手でさえ、人間味のある憎みきれない人物として描いています。コロナ禍の今だって、よい面があるはず。向田さんの本から感じることは多いのです」(大江さん)

向田邦子(むこうだ・くにこ)/1929年東京生まれ。人気ドラマの脚本を数多く執筆。エッセイスト、小説家としても活躍し、第83回直木賞を受賞。1981年8月、飛行機事故で死去。