「Yさんが殺されました。ニュースにもなってます」

 東京湾で死体が上がったというニュースが、全国で放映されていた。死体はかなりひどい状態で、後頭部2か所が陥没、背中8か所が刺されていたそうだ。

 さすがに、このあいだ一緒に旅行に行った人が、ひどい有様で発見されたというニュースはショックだった。事実を理解すると同時に、指先や唇から血の気が引いていくのが分かった。

 Yさんと俺はほとんど接点はないわけで、Yさんが殺されたからって俺が殺される理由もないのだが、脳はそう都合よく割り切っては考えられない。

 俺はどうにもまっすぐ家に帰る気にならず、ゴールデン街のバーに行って朝まで飲んだ。後日ママから聞いたところによると、俺は傍目にずいぶん挙動不審で、怯えていたようだ。

警察から犯人だと疑われ…

 そして数日後、警察から電話がかかってきた。「ちょっとYさんの話を伺いたいのですが?」と言われた。警察に行けばいいですか? と聞くと、

『わざわざ来ていただくのも大変なので、うかがいます。』

 と言われた。俺は打ち合わせでよく使う喫茶店を指定した。

 喫茶店に行くと、ビシッと背広を着た、50代と20代の刑事の二人組がすでに座っている。鋭い眼で、会釈をした後、名刺を渡された。

 警察は名刺を渡さないと聞いていたので、驚いた。名刺には『東雲二丁目建材埠頭岸壁殺人死体遺棄事件』と書いてあった。

 雰囲気はとてもシリアス。

「知っていることを全部話してください」

 と言われる。刑事の目はとても冷たい。

「まず聞きたいんですが、Yさんはヒゲは生えていました?」

 と聞かれた。

「え、あ、はい。生えてました」

 と答えると、若手の刑事が『ヒゲ』と大学ノートにメモをした。

 どうやら、ヒゲは残っていたらしい。……ということはヒゲくらいしか特徴が残らないほど腐乱していたらしい。

 こちらから、質問すると

「まだ村田さんは容疑者から外れてませんから。とにかく知っている事を一方的に話してください」

 と言われる。

「村田さんはYさんと最後に旅行した人です。犯罪に関係ある情報を絶対持っているはずです。旅行の話を一から思い出して下さい。我々は聞いていますから」

 俺は旅の途中で聞いた、嘘か本当かわからない、ピュリッツァー賞やパリダカやキャバ嬢の話をした。

 刑事さんは、ジロリとこちらを見る。

 若手の刑事は、俺が言ったことを全部、ノートに書いていく。『キャバ嬢にモテる方法を聞いた』と書いている。

「これはどんな内容だったんですか? 思い出して話してください」

 俺はいい加減に聞いていたので思い出せなかった。

「なんで先輩の言ったことを忘れるんだ!? 思い出して!!」

 とキレ気味に言う。

「遺体はどういう状態だったんですか?」

 などと聞くと、

「お前は答えるだけだ!! 質問しろとは言っていない」

 とこれまた怒られる。

 周りの席の人たちもこちらを見ている。いつも使っている喫茶店を指定しなければよかったと後悔した。

 いい加減ウンザリして、俺は

「俺が犯人だと疑ってるんですか?」

 と聞いた。刑事ドラマでは

「いえいえ、とんでもない。形式上のものです」

 と答えるシーンだ。だがその中年刑事は、

「ああ。今のところ、犯人だと疑っている」

 としっかり目を見て言われた。

 刑事に殺人犯だと疑われている、と言われるのは想像以上に嫌なものだった。

 結局それから間もなく、犯人は逮捕された。また連絡すると言っていた警察からも、電話がかかってくることはなかった。

 犯人は、Yさんと一緒に仕事をしている人だった。金絡みで揉めたという。犯人はYさんを問い詰めたが、Yさんは逆に開き直った。

 雑誌に、犯人が暴力団員時代にしていた悪事を書き立てたのだ。しかもほぼ本名で書いた。犯人は、

「Yはチャカ(拳銃)のからんだ話を書きやがった。あいつを刺す」

 と激昂したという。

 そしてYさんを拉致したあと犯人のアパートでリンチをした。すでにボロボロの状態のYさんをボートに載せ、海上で刃物で背中を刺してとどめを刺し、重しをつけて東京湾に沈めた。

 死体につけた重しは実に22キログラムだったという。念入りに沈めた死体が、まさか一週間やそこらで戻ってくるとは思わなかっただろう。

 犯人が逮捕されたことで事件は終わった。

* * *

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【写真】『人怖』の著者・村田らむさん

 ある日、俺はトークライブに出かけると、知人が話しかけてきた。

「こないだのライターが殺された事件、村田さん知ってます?」

 と聞かれた。彼は俺がYさんが知り合いだとは知らない様子だった。俺は曖昧にごまかすと、知人はなお話を続けた。

「あの事件を担当したのが、知り合いの警察官だったんですよ。死体の引き上げをしたらしいんです。死体を陸に上げたら、死体の中からおびただしい数の蝦蛄(シャコ)が出てきたんですって。すっげぇ気持ち悪かったって言ってました」

 とゲラゲラ笑いながら話した。

 それ以来、俺は蝦蛄を食べるのをやめた。


取材・文/村田らむ 
1972年、愛知県名古屋市生まれ。ライター兼イラストレーター、漫画家、カメラマン。ゴミ屋敷、新興宗教、樹海など、「いったらそこにいる・ある」をテーマとし、ホームレス取材は20年を超える。潜入・体験取材が得意で、著書に『ホームレス消滅』(幻冬舎)、『禁断の現場に行ってきた!!』(鹿砦社)、『ゴミ屋敷奮闘記』(有峰書店新社)、『樹海考』(晶文社)、丸山ゴンザレスとの共著に『危険地帯潜入調査報告書』(竹書房)がある。近著『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)発売中