女性客にビクビク

 業界を取材すると、以前よりも格段にタクシードライバーのマナーはよくなった、という声のほうが多い。バブル期はドライバーが客を選ぶような状態だったというが、現在では都心部ほど研修や接客マニュアルが厳重化されている。それでも高齢になるほど、以前の習慣が抜けないという指摘も少なくない。都内のタクシー会社幹部がこう解説する。

「タクシー業務の適正化を図る『タクシーセンター』の存在が浸透してから、かなりドライバーの意識も変わってきました。もしタクシーセンターにクレームが入るものなら、会社側は調査対応が必要となり、ドライバーは営業が制限され、収入にも直結してくるからです。ただ、実際にクレームが入る方は高齢ドライバーが多いのも現状です。そして、主な苦情元は中高年の女性が占める割合が多いということもよく耳にします」

 さまざまな年齢層を乗せることが多い渋谷〜恵比寿間を地盤に営業する山村さん(仮名・50代)は、女性客を乗せる際は普段よりも気配りをすると明かす。

「道の指定をされたり、細かい注文を受けることがもっとも多いのが40代〜50代女性の層ですね。男性客の方だと何気ない世間話をしたりとまだ気が楽なのですが、今のご時世、何か失言があれば“セクハラだ”と言われることがある。こちらも気が気じゃないんですよ。

 中には手慣れた方もいて、“道が間違っている。間に合わないから金を払わない”や“ふざけた態度だからタクシーセンターにクレームを入れる”と逆に脅されるようなこともあります……。そういった場合はこちらが折れるしかなく、乗車賃をこちらが自腹で建て替えたことも何度もありますよ」

 ドライバーにとっては些細なものであれ極力トラブルを避けたいが、当然最低限の会話は必要となる。特に難しいのが、よい接客かどうかの線引きだ、とも続けた。

「例えば女性のお客さんを乗せた際に、向こうが上機嫌で話しかけてきた場合は、こちらも盛り上げたほうがいいのかな、と感じますよね。ただどんなお仕事を? だとか、普段はどの辺りで? といったことを会話の流れの中で聞くと、途端に“知ってどうするんですか?”と警戒され、態度が一変することもある。

 知人のドライバーの中には、話が盛り上がったことでテンションが上がってしまい、何度かタメ口になったというだけで、会社にクレームを入れられたという経験をした者もいます。

 たぶんね、これは世間が抱くタクシードライバーに対する固定観念も影響していると思う。例えば飲食店ならこうなるのかな、と。だから極力こちらからは話しかけないという、無難な選択をするようになっていきましたね」

 以前取材した女性ドライバーの吉岡さん(仮名・30代)によれば、女性客を乗せると男性ドライバーの悪口を吐き散らす、というようなことも珍しくないという。実際にはこんな話しがあった。

「一番多いのは、不快感のあるドライバーだと家を知られたくないから、“家の手前で下ろしてくれ”という注文することだそうです。あとは喋り方や話す内容についての厳しい意見が多いですね。だから、“女性ドライバーに乗ると安心だ”“今後もお願いしたい”と予約を頼まれることも結構あったりします」

 ただ、その一方で吉岡さんはそういった客としての“権利”を全面に出す風潮が強くなりすぎているのではないか、とも感じているという。

「そういった声も正しいとは感じますが、業界で働いている私からすれば、ちょっと言いすぎじゃないか、とも思うんです。確かにダメなドライバーもいますが、話すといいおじちゃんドライバーもたくさんいます。むしろ男性ドライバーの方から“女性客は気を使うし、突然爆発するから乗せるのが怖い”と相談を受けることもあります。

 私は女性ドライバーだからダメだ、と男性客に乗車拒否されたり、お客さんからセクハラ発言をされることなど日常茶番事ですよ。ハイヤーでもないし、高級ホテルではないのだから、サービスにムラがあるのは仕方ない。気にしすぎたら、どんどん無機質な接客になっていくのは目に見えてますから。ドライバーも、お客さんも過剰過ぎるんじゃないかな、とは感じますね」

 目的地へと向かう車中の短い時間には、顧客とドライバーのさまざまな思いが交錯している。

栗田 シメイ(ノンフィクションライター)
 1987年生まれ。広告代理店勤務、週刊誌記者などを経てフリーランスに。スポーツや経済、事件、海外情勢などを幅広く取材し、雑誌やwebを中心に寄稿する。著書に『コロナ禍の生き抜く タクシー業界サバイバル』(扶桑社新書)。『甲子園を目指せ! 進学校野球部の飽くなき挑戦』など、構成本も多数。南米・欧州・アジア・中東など世界30カ国以上で取材を重ねている。