都立病院を利用する人たちも、不安を募らせていた。身体が動かず自力では息もできない難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の佐々木公一さん(74)は、東京・府中市の都立神経病院を「命のふるさと」と呼ぶ。

「私が入院すると、看護師が私のための(看護)マニュアルを夜遅くまで相談しながら作ってくれた」(公一さん)

都立神経病院を「命のふるさと」と呼ぶ佐々木公一さんと、妻の節子さん
都立神経病院を「命のふるさと」と呼ぶ佐々木公一さんと、妻の節子さん
【写真】徳島病院の存続を訴えた、徳島県医労連のメンバーたち

 妻の節子さん(72)は、ALS患者を受け入れる首都圏の民間病院にお見舞いに行ったことがある。「静かでいいところね」と言うと、同行者は「コールがないからだよ」。入院患者がナースコールできないというのだ。

 しかし神経病院では患者に合わせ、例えば首を少し振るとコールできるなど、症状に合った設備を作業療法士が整えてくれる。

「看護師を呼びたいときに呼べる。吸引が必要なALS患者にとって、人の尊厳に関わります」と節子さんは話す。

 都内不動産会社に勤める男性(72)は4年前、前立腺がんの告知を受け、都立駒込病院で手術を受けた。ベテラン看護師もいて頼もしかった。「患者の言うことをよく聞いてくれ、雰囲気もいい。医療従事者にある程度は余裕がないと、寄り添えないですよ」

 と、男性は力を込めて言う。

東京から加速する公立つぶしの競争

 現場の疑問を、筆者は東京都病院経営本部にぶつけた。

ーー都の一般会計から都立病院会計への繰入金400億円は「赤字」か。

乙山広恵・計画調整担当課長「赤字補填ではない。都立病院が担う行政的医療にかかる費用は診療報酬だけで賄えないため、維持に必要な額を都として財政措置している」

ーー独法化で減らないか。

乙山氏「繰り入れを減らす目的は独法化にはない」

ーー看護師の昇給は11年目からはどうなるのか。

乙山氏「独法の人事賃金制度は働きがいある制度にする。職員団体(組合)と協議中なので、中身は言えない」

 病院経営本部はそう言うが、都の病院経営委員会では「名前だけ変わって、同じような税の投入が継続されるようなことは……何のための独法化かということになる」と座長が述べた。それにより都立病院関係者に「都税投入を削るための独法化」が“都の本音”という見方が広がった。

 '06年に独法化された大阪府立病院では、収益が改善し「税の投入」は着実に減らされたが、現場からは余裕が失われ、コロナ感染第5波では高い死亡率となった。都立とは対照的に独法の府立病院はコロナ病床の準備が遅れ、効率化を進めた橋下徹・元府知事も“反省の弁”をツイートし話題を呼んだ。

 独法化によってお金のない庶民が切り捨てられ、海外富裕層向けの「医療ツーリズム」など「稼ぐ医療」への傾斜や、民営化や廃止につながるという危惧もある。前出の佐々木公一さんも、「独法化はごまかしで、あとで民営化する卑怯なやり方だ」と話す。

 一方、病院経営本部の乙山氏は「稼ぐ医療をする考えはない。業務を適宜見直し、必要な措置をとることは、都立でも独法でも変わらない」と話す。だが、地方独立行政法人法では3~5年ごとに業務を見直し、廃止、民営化を含め必要な措置を講ずると規定。他県では実際、独法化後に廃止された医療機関もある。

 公立つぶしは都だけの問題ではない。厚労省も「地域医療構想」で436病院を名指しして統廃合を狙い、緊急性の高い患者に対応する急性期病床を中心に約20万床を削減しようとしている。

 『医療制度研究会』副理事長の本田宏医師は「日本はもともと医師数がOECD平均と比べ13万人少ない。コロナで公立病院の大切さが身に沁みたのに、独法化で統廃合を進めるのは本末転倒で、むしろ拡充すべきです」と力説する。

 そんな“本末転倒”を初めて止めたケースが徳島にある。徳島病院閉鎖・東徳島医療センターへの統合に反対する運動を進めた『徳島県医労連』の井上純書記長は、公立・公的病院の統廃合を進めると「金のあるなしで命が左右される」と心配する。反対の声が広がり徳島県議会が全会一致で「徳島病院を守る決議」を可決。県知事も方針を変え統廃合の動きは止まった。

 前出の大利さんは、「都立病院の独法化によって“お金持ちの都も直営をやめたんだから、小さな自治体が直営などぜいたくだ”と、国による公立つぶしが加速するのでは?」と危惧する。そんな底辺への競争にどう歯止めをかけるのか。徳島のケースをヒントに今こそ考えるときだ。

※公社病院とは…石原慎太郎知事(当時)による都立病院改革の受け皿として作られた、東京都保健医療公社が管理する病院。「効率化」を掲げてきたが赤字に苦しんでいる。
​※※独立行政法人とは…国や自治体が行っていた事業を切り離し、法人格を与えて運営することで効率性、自律的運営、透明性の確保、向上を図る仕組み。

取材・文/北健一 ジャーナリスト。1965年、広島県生まれ。経済、労働、社会問題について取材・執筆をしている。『電通事件 なぜ死ぬまで働かなければならないのか』(旬報社)ほか著書多数