4月4日に一周忌を迎えた脚本家・橋田壽賀子さんの代表作で、NHK朝ドラの金字塔『おしん』。その国民的ドラマで活躍した実力派俳優が今、60代にして再び夢を追いかけ、役者の道を歩み始めている。極貧農家の長男、青年将校、お堅い銀行員……、さまざまな役を演じ、見るものに鮮烈な印象を与えてきた吉岡祐一さんは、行列のできるクレープ店の経営者という異色の経歴を持つ。表舞台から姿を消してなお、芝居への情熱を絶やさなかった吉岡さんの「諦めない生きざま」に迫る。

* * *

 

 東京・西新宿。高層ビル街を抜け、山手通りの清水橋交差点に達する少し手前、大きな建物が立ち並ぶ通り沿いに、キッチンカーを改造した小さなクレープ店がある。『クレープリー シェルズ・レイ』だ。経営する吉岡祐一さんが窓から顔をのぞかせ、笑顔で「いらっしゃい」と声をかける。

 注文を受けると吉岡さんは最高級の小麦粉を使った生地を専用の焼き器の上にのせ、クレープ用トンボで手早くのばしていく。そして、ミルキーでなめらかなクリームや新鮮なフルーツを薄く焼き上がった生地の上にのせ、慣れた手つきで熱々のクレープをたたんで紙製の容器に入れ「はい、どうぞ」と客に手渡す。

売れ筋は自家製カスタードをたっぷり使ったクレープ。メニューは100種類をゆうに超える 撮影/齋藤周造

 香ばしく焼けたクレープの表面はサクサクとしていて、内側はふわふわ、モチモチ。中に入れるカスタードやチリソースなども手作りし、普段使っている材料が手に入らないときは店を休んでしまうこともあるという。食の安全とおいしさに妥協しない姿勢は、吉岡さんのポリシーだ。

 おいしいクレープを受け取った客はみな、笑顔になる。しかし、それを焼いた吉岡さんが、NHK連続テレビ小説の名作『おしん』で、主人公の兄・庄治を演じた実力派俳優であることに気づく人は、ほぼ誰もいない。

 それもそのはずだろう。吉岡さんはあるときを境に、表舞台から姿を消したのだ。