「お金」という条件はない

 そらは、お金に関してユニークな考え方を持っている。仕事を得るようになって、断わることなく引き受け続けたのも、下積み時代、お金に苦労したことが無関係ではない。けれども、妙にお金にこだわらない一面もあるのだ。

「たとえ一銭ももらえなくても、私は絵を描くと思います。そもそも好きでやっていることだし……。

 ただ、お金をもらえなくてもやってしまうことほど、きちんとお金にしたほうがいいんです。それで初めて、好きなことを続けられるわけですから」

 楽しいか、役に立つか、描きたいか─。

 そこに「お金」という条件はない。対価はきちんと得るけれど、時には二の次にしてしまうこともある。「お金だけじゃない」というところが、彼女をより聡明な存在にさせるし、楽しいか、役に立つか、描きたいかの3つの思いとも符合する。

『サチコさんのドレス』では、石切山のユニバーサルドレスの活動費に充てるため、桜木とともに印税収入分を寄付している。

 そらが憧れるのは、ふたりの『ももこ/モモコ』だ。

 ひとりは『ちびまる子ちゃん』の作者・さくらももこ。小学3年生のときに、人気漫画家が時間に縛られず、昼まで寝ていることを知り、自分もこんな暮らしをしたいと思った。

取材陣の前で、満面の笑みで絵を描いてくれた。彼女は“おひとりさま作家”を楽しみながら、これからも絵を描き続けていく。(撮影/渡邉智裕)
取材陣の前で、満面の笑みで絵を描いてくれた。彼女は“おひとりさま作家”を楽しみながら、これからも絵を描き続けていく。(撮影/渡邉智裕)
【写真】そらが自宅で保管している原画、色とりどりの中に愛犬ホリーも

「おひとりさま」が楽しい

 もうひとりが絵本『ぶたのモモコはバレリーナ』のモモコ。文字どおり、ぶたのバレリーナが主人公。いっぱい食べるのが好きで、マイペースなキャラクターだ。少女時代のそらの目には、自分らしく生きるモモコの颯爽とした姿が、まぶしくなるほど自立した女性に映った。

『ぶたのモモコはバレリーナ』は、そらが初めて自分のお小遣いで買った絵本だ。大切にするあまり、なるべく本を開かないようにして読んでいた。家でひとりクレープを手作りするモモコに、そらは今の自分を投影している。

 そらは、たびたび「おひとりさま」という言葉を好んで使う。もちろん、そこに自虐的な意味はない。本当にひとりが楽しいのだという。

 適齢期のころは、それなりに結婚を望んだこともあった。だけど、本人にそれほどの情熱がなかった。恋愛も、正直に考えると第一に大切なことではなかった。なによりも絵筆を持つ時間を増やしたいという。

「みんなが恋愛や結婚をするから“自分もしなきゃ”くらいに思っていましたが、本当の自分に問い合わせてみると、全然ひとりのほうがいいんです。結婚願望はありませんし、彼氏もいらない。生涯独身だと思います。

 仕事人間なので結局、私の人生に男性が入る余地はなかった。でも、それだと本当に緊張感がなくなるから、たまにデートくらいはしたほうがいいですよね(笑)。

 もし、男性から恋愛的なことを求められたら、次第にその人を避けてしまうと思います。私が本当に求めているのは、自分の中の自由だし、創作の自由なんです」

 コロナ禍で、そらが手にした意外なものが、映画監督の肩書と、アニメーション作品での評価だ。

 監督したアニメーション短編映画『ハリネズミの愛』で、'21年の札幌国際短編映画祭でアミノアップ北海道監督賞、北海道メディアアワードをダブル受賞した。

 ハリネズミが赤い風船と出会い、恋をする。自分の針が、風船を傷つけてしまうのではないかという、恐れに似た感情が交錯する。そら自身の胸の内にあるネガティブな部分が吐露された作品だ。これまでの絵本やイラストとは打って変わって、『ハリネズミの愛』にはズシリと重い感情が横たわっていた。

 これまでも多くのハリネズミを描いてきた。ハリネズミは、いわば心に刺さった棘だ。自分の心を読み取ろうとすれば、奥底に眠ったトラウマにたどり着いてしまう。だから、うかつに手を出せなかった。うやむやにしていた本心にアクセスすると、自分が壊れてしまう気がする。

「静止画の絵本では語り尽くせない内容を、アニメーションだったら表現できると思いました。絵本の刊行もコロナ禍で延期になって、1年ほどの余裕が生まれたので、アニメーションに着手することができたんです。

 家庭のことを描いた作品でもあり、母に捧げるという意味合いもありました」

 古びた1冊の絵本がある。タイトルは『すてねこ』。小学1年生のときに描いた絵と文を、母が製本してくれたものだ。完成した本を夏休みの自由研究の成果として提出した。何冊か製本されたものは私家版で、世の中に出回っていない。

 約20年で9回も住まいを変えているが『すてねこ』はずっと手元にある。上製本とはいえ、だいぶ傷んできた。それでも、そばに置いておきたい“デビュー作”だ。今後どれだけ本格的なミニマリストになっても、彼女がこの本を手放すことはないだろう。(文中敬称略)

取材・文/田中大介(たなか・だいすけ)1977年生まれ。映画雑誌編集者などを経て書籍編集者に。演劇ライターとして『えんぶ』『週刊現代』などの雑誌や、演劇DVDのライナーノーツ、プログラムの執筆や編集に携わる。下北沢・本屋B&Bで舞台にまつわるイベントも企画・出演中。