美容家にとっては化粧品だけでなく、人生も売り物

(3)挫折と成功

 女性の支持を得るためには、美容家自身がどんな人生を送ってきたのかもポイントになります。挫折と成功のある人生がウケるのではないでしょうか。挫折だけ、成功だけではダメで、自分自身で苦難を乗り越える強さが女性の共感を呼ぶと言えるでしょう。美容家にとっては、化粧品だけでなく、人生も売り物と言えるのかもしれません。

 たかの友梨センセイは生みの親に捨てられ、親戚をたらいまわしにされ、手に職をつけるべきだと高校進学も許されず理容師となります。しかし、センセイはここでめげなかった。上京し、外資系化粧品会社に転職します。新聞で知ったエステティックという言葉に「これだ!」とひらめいた友梨センセイは渡仏。帰国して、「たかの友梨ビューティークリニック」を立ち上げるなど、目を見張るほどの行動力です。

 君島十和子さんの人生もなかなか激しいものがあります。吉川十和子という名前で女優として活動していましたが、オートクチュールブランド「KIMIJIMA」のブライダルモデルをしたことがきっかけで、次期後継者である誉幸氏と出会い、結婚します。オートクチュール界の雄と美人女優という華やかなカップルでしたが、婚約後に誉幸氏は婚外子であったこと、さらに結婚という形はとらなかったものの、誉幸氏にはお子さんがいたことが明るみに出るのです。意地の悪い言い方をすると、隠し子だった誉幸氏に隠し子がいたわけです。婚約を破棄するのではないというか周囲の予想を裏切って、十和子さんは結婚します。「KIMIJIMA」と言えば、ご成婚前の雅子さまもお召しになった高級ブランドでしたが、連日の報道にブランドイメージは急激に低下してしまいます。誉幸氏の父で、ブランド創設者の君島一郎さんが急逝したこともあり、ブティックはすべて閉店。アパレルとしての「KIMIJIMA」は消滅します。

 しかし、十和子さんは強かった。女優時代から有り余るほどの美容についての知識を『25ans』(ハースト婦人画報社)で披露していましたが、夫の誉幸氏と二人で作ったのが、現在の会社「FTC」です。十和子さんはクリエイティブディレクターという裏方ですが、十和子さんの美しさが商品に最大の説得力を与えていますし、彼女も美をキープするための努力は惜しみません。「KIMIJIMA」がピンチに陥るたびに離婚するのではないかと言われていましたが、今も誉幸氏とは仲が良く、お子さんは宝塚歌劇団で活躍しています。

 誰の人生にも思いもよらないことがあると思いますが、基本は「自分の力で頑張りぬく」のが女性ウケする人生だと思うのです。「経営がうまくいかない時は、お金持ちのパパに助けてもらいました」とか「大手化粧品会社が、クリエイティブディレクターの椅子を用意してくれて、化粧品を開発しました」では、ここまでの支持を得られたか疑問です。