「突然母親と同居と言われても!」

 とみえさん(38歳、仮名)は、いちろうさん(42歳、仮名)から秋にプロポーズをされ、それを受けて成婚退会していきました。その後、2人でご挨拶にも来てくださり、仲睦まじい様子に私も幸せのお裾分けをしていただいたようで、とても安心していました。

 ところが年明けに、「婚約は破棄しました。もう一度そちらに戻って活動をしたいです」という連絡が入ってきたのです。事務所にやってきたとみえさんは、ソファに座ると涙を拭いながら言いました。

「プロフィールに、同居は“なし”になっていたじゃないですか。ただ、お父様がすでに亡くなっていてお母様もご高齢だったので、お付き合いしているときから、結婚後にお母様をどうするかは気にはなっていました」

 その話をすると、決まっていちろうさんは言ったそうです。

「母は、年金で悠々自適に暮らしているし、『あなたが結婚しても、一人で暮らすわ。お嫁さんに気を遣って暮らすなんて、まっぴらごめんよ』と言っているから、同居はないよ」

 いちろうさんのご実家は、木造の一軒家。そこにお母様は一人でお住まいのようでした。

 お元気で矍鑠(かくしゃく)としていたお母様ですが、あるとき玄関先でつまずいて転び、起き上がることもできずに1時間以上も冬の寒空の下にそのままの状態。そこを近所の人に発見されて救急車が呼ばれ、病院に搬送されたというのです。足の付け根を骨折していました。

 いちろうさんは、「思っていたよりも母親は老いていた。その母を一人にはしておけないから実家を2世帯にして、そこを新居にしたいんだけれど、どうかな」と持ちかけてきたというのです。

 突然の提案に、とみえさんはすぐに返事ができませんでした。これからどんどん老いていく義母。数年後には、介護が待っているかもしれない。「介護をしながら、仕事が続けられるだろうか」と言う不安も頭をもたげました。

「そんな正直な気持ちを言うのは、冷たい人間のように思われる気がして」

 ですが、暮れに入院していた病院を見舞い、そこで看護師さんとやり合っているいちろうさんのお母様を見て、「私は、この人とはうまくやっていけない」と思ったようです。

「どうしてお願いしたことを、すぐにやってくださらないの?」

「私、あなたのこと(看護師さん)は好きじゃないの。別の方を呼んでくれない?」

「病院食って、何を食べてもまずいわね」

 口を開けば文句を言ったり、ネガティブな発言をして、聞いているとみえさんのほうが看護師さんや病院のスタッフの方たちに申し訳なくなったというのです。

 また、結婚が決まってからというもの、いちろうさんの言動も変わっていきました。

「それまで、デート場所や食事をするレストランなど、“どこがいい?”といつも私を気にかけてくれていたのに、結婚が決まった途端、彼の要望ばかりを押し付けてくるようになりました。実家を建て直してお母さんと暮らすことも、もう決めてしまっていて、事後承諾のような感じでした」

 そして、とみえさんが自分の意見を言うと、あからさまに機嫌が悪くなり、だんだんと喧嘩も絶えなくなっていきました。

「結婚前って、ウキウキして楽しいはずなのに、毎日ため息ばかり出てきて。そんな私を見かねたのか、母親が、『結婚は一生のこと。今そんな気持ちなら、考え直したほうがいいんじゃないの』って、言ってくれたんです。それで、私も胸のつかえがスッと取れました。せっかく決まった結婚を辞めるとなったら、親も悲しむと思っていたんですね。でも、親の言葉に婚約を破棄することにしました」

 そして、そのことを告げようとしていたら、その前に、いちろうさんから、「婚結婚は、考え直したい」と言ってきたそうです。そのとき、こう付け加えられました。

「こんなに思いやりがなくて、頑固な女性だとは思わなかった」

 その言葉はショックでしたが、結婚がなくなったことには、胸をなでおろしたそうです。