ジョンとの出会い

 大学卒業と同時に『プティ・シャトー』を退店し、全国を行脚してショーを行うようになったマキさん。あるとき先輩から呼ばれ、群馬県前橋市の店へ営業に行くことになる。そこで出会ったのが、後に結婚することになるジョンさんだった。

 ジョンさんは男装のレズビアンで、当時は男性ホルモンを投与しており、郷ひろみに似たルックスのイケメンだった。ちなみに「ジョン」という名前は高校1年生のとき、親友から「ザ・ビートルズのジョン・レノンに似ている」と言われたことがきっかけだったそうだ。

若いころのジョンさん。ジョン・レノンに似ていることからあだ名が「ジョン」になったという
若いころのジョンさん。ジョン・レノンに似ていることからあだ名が「ジョン」になったという
【写真】女装姿で通っていた大学時代。普段の授業、ゼミ、卒業式にも女装をしていた

「私は前橋出身で、当時は地元で『パブハウス・ジョン』という店をやっていたんです。するとあるとき知り合いのお店の人から『ショーがあるから、騙(だま)されたと思って一度見に来て!』と電話があったんです」(ジョンさん)

 半信半疑で店を訪れたジョンさんは、ショーをするマキさんの美しさに驚いたという。しかしあまりに驚いたせいか、席までやって来たマキさんに開口一番「顔、デカいね」と言ってしまったそうだ。

「本当に、ただ見たことを正直な気持ちで伝えてしまったんです(笑)。マキちゃんは『失礼ねっ!』と怒ってましたけど、でもね、カルチャーショックではあったんですよ。

 当時、前橋にも女装しているゲイの人はいましたけど、ここまできれいな人を見たのは初めてだったんです。だからあまりにビックリして、言ってしまったのかもしれないですね。ただ、今思い出してみると初対面でそんなことが言えちゃうような雰囲気がマキちゃんにはあったんだと思いますよ。

 そのお店にはいろんなところからいろんな人が営業をしに流れて来ていたけど、マキちゃんは本当にきれいだったし、接客もさすがに超一流店で働いていただけあって、洗練されていました。それからは、仕事が終わるとマキちゃんが働いていた店に毎日飲みに行くようになったんです。その店が終わった後も一緒に居酒屋へ行ったりして、よく朝方まで飲んでいました」

 やがてマキさんもジョンさんの店へ遊びに行くように。

ジョンさんはマキさんのことを「マキちゃん」と今でも呼んでいる 撮影/吉岡竜紀
ジョンさんはマキさんのことを「マキちゃん」と今でも呼んでいる 撮影/吉岡竜紀

「あるとき、マキちゃんにお通しでひじきの煮物を出したんですよ。それが美味しいと、おかわりをしたんです。味ですか?甘辛く煮た、普通のおふくろの味ですよ。だからマキちゃんの気持ちは、胃袋でつかんじゃったのかもしれませんね(笑)」(ジョンさん)

 マキさんは、ジョンさんにほかならぬ思いを抱いた日のことを今でもはっきりと覚えている。

「いつもお店が終わると、お客さんたちとアフターでアタシのいるお店へ遊びに来ていたジョンが来なかった日があったんです。雨の降る夜でね。

 いつもなら『これから◯人で行くから』と電話がある時間なのに、それもない。店にはお客さんもいなくて、こんな夜だから来てほしいのに、と。だんだんと時間が過ぎていって、寂しいなと思っていたら『これから行く』とジョンから電話があったんです。

 アタシがドアが開くのを待っていたら、いいコートを着た、濡れた傘を手にしたジョンがやって来たんです。その傘を傘立てに入れているジョンを見てね、アタシ、小学生のときのことを思い出したんです。アタシは丘の上にあった小学校へ通っていたんですが、その日はピーカンだったのに、帰る時間に雨が降ってきて。クラスメートたちは家族が迎えに来て、どんどん人がいなくなっていってとても寂しい気持ちになっていたところへ、傘を持った祖母が迎えに来てくれて、とてもホッとしたんですよ。

マキさんのショーはきらびやかで華やか
マキさんのショーはきらびやかで華やか

 そんなこと、そのときまで全然忘れていたのに……ジョンはアタシの祖母に雰囲気がよく似ているんです。アタシは祖母のことが大好きで、子どものときはよく食事も作ってくれたんですけど、ジョンの作る料理もその味にとてもよく似ていたんです。そこからですね、恋愛ではないけれど、ジョンに家族のような愛情を感じるようになったのは」

 その後、マキさんは東京のマンションを引き払って前橋に移住。ジョンさんと同じマンションの隣の部屋で生活しながら、『パブハウス・ジョン』でチーママとして働くようになった。

 そしてその2年後、マキさんは大勝負に出る。ためた金を注ぎ込み、借金をして『レストランクラブ 貴婦人』を前橋にオープンさせたのだ。きらびやかな店には多くの客が訪れてにぎわった。しかしバブル崩壊で景気が悪くなり、6年で閉店を余儀なくされてしまった。

 借金を抱えたマキさんを助けたのは、自分の店を畳み、伊香保の老舗温泉宿で働くようになったジョンさんだった。