父が遺書に綴った娘への愛情

 それからナナコさんは徐々に、生きようと思うようになった。今までの気持ちをすべて父にぶつけることで少し気持ちが晴れたのかもしれない。

 生きづらさを抱える人が集まる場所へ積極的に出かけ、そこで知り合った男性と付き合い始めた。ちょうどそのころ、今から10年ほど前に、父は刑務所で亡くなった。死因は肺炎だった。自殺でなくてよかったとナナコさんはつぶやいた。

 ナナコさん宛ての長い遺書があった。ナナコさんにもいくらかの財産が分与されるが、それは人のために使うな、自分のために使ってほしい、ナナコは優しいから心配なんだと書かれていた。

 ナナコさんが撮影した、その遺書の写真を見せてもらった。父が一生懸命書いたのだろう。丁寧で律義な文字が並んでいた。もともとはきまじめな人だったのだとその筆跡が教えてくれる。印象的だったのは、ナナコもきっとお父さんのことを好きでいてくれたのではないかと書いてあることだった。それはおそらく父の切なる希望だろう。

 家族がみな大変な思いをし、バラバラになったのは父のせいだ。ナナコさんはそう感じていたから、遺書のその言葉には反発を覚えた。

 ただ、ナナコさんも覚えていた。幼い日、背負われた父の背中のぬくもりを。

「お父さんのお嫁さんになると言ったころのことが思い出されました。父の死を悲しめるのが不思議でもあった。父がどんなに私を愛していたかも書かれていたけど、それなら薬物をやめてくれればよかったのにとも思う。でも自分の意志でやめられるものではないらしい。適切な治療を受けられればよかったのに……」

 ナナコさんが付き合っていた男性と結婚して4年になる。祖母と父が相次いで亡くなり、彼女は母と離れ、人生でいちばん穏やかな時間を過ごしていると微笑む。

 激動の若い時期を、彼女は心揺れながら迷いながら、時にひきこもりながら、それでも必死に生きてきた。だからこそ、自分の意見をきちんと伝えられる大人として、どの場においても存在感を放つことができているのだろうと改めて感じさせられた。

亀山早苗(かめやま・さなえ)●ノンフィクションライター。1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆