デビルマンシリーズを制作する遊技機メーカーのイベントはデヴィ夫人ならぬ「デヴィル夫人」に。コスプレも好きで毎年、ハロウィーンパーティを主宰する(撮影2021年7月14日)
デビルマンシリーズを制作する遊技機メーカーのイベントはデヴィ夫人ならぬ「デヴィル夫人」に。コスプレも好きで毎年、ハロウィーンパーティを主宰する(撮影2021年7月14日)
【写真】デヴィ夫人の若かりし頃が美しすぎる

 仮に夫人がこういう考え方だとしても、それらが悪いと断じるつもりはありません。なぜなら、資本主義の世の中において、社会的地位、おカネ、大組織に背を向けて生きることは不可能だと思うからです。生きていくためにはお金が必要ですが、そのためには働かなくてはいけません。いつ潰れるかわからない企業と、安定した雇用と高給が期待できる大企業、選べるのだとしたら、多くの人が大企業に入りたいと思うのではないでしょうか。その大企業で出世して力を持てば、社会的地位を得られますし、自分の権限で動かせる金額は格段に大きくなりますから、その影響力目当てに人が寄って来るでしょう。ですから、夫人がこれらを重んじたとしても、不思議はありません。けれど、夫人を見ていて感じるのは、夫人は社会的地位を身分と勘違いするヤバさを持っていやしないかということなのです。

 社会的地位と身分は、似て非なるものです。社会的地位はビジネス上の肩書ですから、変化を伴います。たとえば、現役時代は社長でも、仕事をリタイアすればその肩書は意味を無くしますし、政治家だって、選挙に落ちて国会議員の地位を失ってしまえば、ただの人です。それに対し、身分とは「死ぬまで続くもの」と言えるでしょう。ジャニー氏と所属タレントの例で考えると、ジャニー氏は大地主で、所属タレントは大地主に一生頭が上がらない小作のような身分だと夫人は考えているのではないでしょうか。だとすると、夫人は東山について「非礼極まる」と非難していたことも納得がいくのです。東山が性被害を名乗り出た人を「勇気ある告発」とコメントしたことについて、多くの人は「妥当な表現」と受け止めたでしょう。しかし、夫人だけは激しく怒っている。それは表現が不適切とかいう問題ではなく、小作が大地主についてあれこれ言うこと自体が気に入らないのではないでしょうか。

弱い人の気持ちが全くわからない

 身分で物を判断するのなら、想像力や配慮はなくなるでしょう。夫人のツイッターには「愛するお孫さんが、性加害にあったらどう思われますか?」と、被害者に寄り添うことを願うリプライがいくつかついていました。が、そもそも性被害とは、腕力や判断力を持たない、経済力がないなど、立場の弱い“持たざる者”がターゲットになりがちです。夫人のお孫さんは、スカルノ大統領の血をひく典型的な“持つ者”ですから、彼が性被害に合うとは考えにくい。ですから、自分の家族が被害にあったらどうしようと想像する必要性がないのだと思います。同様に「(性被害について)本当に嫌な思いをしたのなら、その時なぜすぐに訴えない」というツイートも想像力のなさを露呈していると言えるでしょう。往々にして“持たざる者”の告発は、まともに取り合ってもらえないことに気付いていません。夫人は弱い人の気持ちが全くわからないのだと思います。