自営業を営む彼と結婚

外資系化粧品メーカーでラウンダーパートとして働いていた30代後半のころ
外資系化粧品メーカーでラウンダーパートとして働いていた30代後半のころ
【写真】還暦を機にブログを始めて自由な時間を満喫しているショコラさん

 淡い恋もしたが、結婚を決めたのが自営業を営む彼だった。'80年、24歳のときだ。寿退社し、翌年には長男が生まれ、さらに年子で次男を出産。

 子育てに追われる毎日。幸せだった反面、外に出て働きたい。そこで始めたのがパート。32歳、次男が小学校に入学するタイミングだった。

 採用されたのは有名製薬会社。仕事は指定されたエリアのドラッグストアなどを回って、商品紹介や陳列棚のチェックをする“ラウンダー”という営業職だった。

「新卒で入った会社では事務職だったんですが、接客業も任されることが多く、苦手じゃなかったので、営業に抵抗感はありませんでした」

 自宅から直行直帰だったので、子どもを学校に送り出してからの時間を活用しやすかった。月6万円ほどの収入だったが、ノルマはないので精神的に楽だし、自分が稼いだお金で洋服を買えるのが楽しかった。

48歳のころ、社員旅行で行ったバンコク・アユタヤの遺跡でのカット。バリバリ働き、成績はうなぎ上りだった
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 それ以降、日用品メーカーや大手化粧品メーカーでも、ラウンダーを担当した。仕事は順調だったが、夫との間に隙間風が吹き始める。

「性格の違いなどがハッキリしてきて、口ゲンカが絶えなくて。私が理屈で反論するので、夫はそれにイライラして、かなりひどいことを何度も言われました」

 小学校のPTAで知り合ったママ友・立野慶子さん(仮名・70)が、当時からいい話し相手だった。

「会うと99%、お互いの夫の愚痴でしたね(笑)。彼女、まじめだったから、ちょっとした癒しになったり、ストレス発散になったりすればと思って、飲みに誘ったことがありました」(立野さん)

 立野さんは愚痴を言いながらも結婚生活は続けてほしいと思っていたが、ショコラさんは、別居を決意する。

 ただ、その選択は大人の都合を子に押しつけることになる。「かわいそうだな」「悪いな」と思う気持ちが先に立ち、言い出せなかったが、次男が高校に入学し、夏休みに入ってしばらくしたころ、息子たちに胸の内を明かした。