知人の紹介やテレビで得た情報などで、あちこちへ治療に行っていたそう。

どこかで得た知識で、なぜか“歯がおかしいから、足がおかしいのかも”と知らないうちに歯医者に行ったり。いつの間にか知らない病院の領収書があって。いろいろ手を出すわけにもいかないので、調べられなくするために携帯を止めて、ほかの人との連絡も取れないようにしたんです

身元引受人だから、なんとか会えた

 ビトがエスパーさんに最後に会ったのは、1月6日だった。

「エスパーさんが入院していた病院から施設に、施設から僕に“危ないかもしれません”という連絡があって、急いで会いに行きました。そんな状況だったので、面会できる人も限られており、施設の人もダメで、僕は身元引受人だから、なんとか会えた感じです。そのときは目も開いており、僕の言葉に反応するような感じもあって、なんとか持ち直したのですが……

 その日から、たった10日で帰らぬ人となった。友人や知人にも、まさに“これから”会ってもらおうと考えていたところだったという。

ただ、コロナ禍で病院も高齢者施設も面会の制限がありました。でも、高齢者施設であれば、病院よりは多少、制限は厳しくないだろうと思って、高齢者施設を選んだのです。昨年くらいから少しずつ制限がゆるくなってきたので、少しずつみなさんに会ってもらおうとしていたところで……」(ビト、以下同)

 しかし、エスパーさんの体調が安定せず、ビト自身が会えないこともあった。

「会いに行こうとしたときに、施設から“熱が出たので、今はすみません”と連絡をいただいたこともありました。インフルエンザやコロナの可能性もゼロじゃないから、そこは施設もすごく気にしてくださって。だから、みなさんに会ってもらうのも難しかったんです。なので、お別れの会なども開催できたらいいなと思っています

 ビトとエスパーさんの思い出は、ボストンバッグに収まりきらない。