〈あたたかい手〉

ねえ かあさん
あなたの手は
ときに 強く抱きしめてくれた
ときに やさしく涙をふいてくれた
ときに 怒られ 叩かれ 冷たい手だと
感じたけれど
どんなときでも
あなたの手は あたたかい手

そんな手を持つあなたが 大好きです

【解説】「作者のAくんが“自分は、親とは赤ん坊のころ、2年だけしか一緒に過ごせませんでした。だから顔も覚えていません。こんなお母さんだったらいいなあ、という夢を書きました”と言うので、びっくりし、泣けてきました。安心、安全な場所だからこそ彼は本心で詩が書けたのだなと思います」(寮さん)

〈時流〉

サンタさんはいない より
おとうさんはいない を早く覚えた
いつ帰っても だれもいない家には
知らぬままであるべきことが 散らかっていた

ありがとう より
ごめんなさい を多く使った
求められているものを 持っていなかった
母だから こんなぼくでも 許してもらえる
愛してもらえる とは限らない

自分の命を背負うには まだ若すぎた
孤独を嫌う者で 群れをなし
寝床を探して 恥さらし
腹を空かして 見境をなくした

わたしは あの日から大人になった

いまは 家族と呼べる人がいる
わたしは どんなときでも わたしでしかないが
いまのわたしを 必要としてくれる人がいる
だから わたしは どこでも幸せだ
いま 過ちを犯しても 待ってくれている人がいるから

あの日から 遠くなればなるほど
おかえりなさい が聞きたくて

【解説】「結婚して家庭を持っているのかなと思っていたら違いました。親がいなかったり事情がある子どもたちが空き家に集まって暮らしていたんです。彼は“偶然集まった仲間だけどその仲間が僕の本当の家族です”と。彼は偶然と言ったけれど偶然ではない。日本にストリートチルドレンはいない、とよく言われますが見えないだけで実際にいるのだと胸が痛みました」(寮さん)

『名前で呼ばれたこともなかったから―奈良少年刑務所詩集―』(新潮文庫)著者=寮美千子※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします
【写真】煉瓦造りの外塀と正門が特徴の奈良少年刑務所、2016年に閉鎖されたが今後ホテルとして活用する予定
寮 美千子さん●1955年、東京都生まれ。'86年、毎日童話新人賞、2005年泉鏡花文学賞受賞。主な著作に絵本『おおかみのこがはしってきて』ほか、『あふれでたのは やさしさだった』、『なっちゃんの花園』など

松永洋介さん●ならまち通信社代表。奈良の情報を発信し、'07年~'16年まで奈良少年刑務所の「社会性涵養プログラム」の講師を務める