最近で言えば、昨年末(2023年12月)に日清食品「どん兵衛」のCMにタレントのアンミカさんが起用された際に巻き起こった批判が思い出される。この時は、アンミカさんが杉田水脈議員の言動に対する抗議として発した「日本は世界の恥」という発言が「反日的」とされたことや、北朝鮮から日本に密入国してきたとする真偽不明の話が拡散され、「不買運動」がトレンド入りするに至った。

 なお、日清食品はCMの取り下げも行っていない。批判が巻き起こったからといって、安易に取り下げを行ってしまうと、別の批判を招いてしまう可能性もある。批判自体が正当なものなのか、一部の人が批判しているのではなく、多くの人が問題と感じる事象なのかといったこともしっかり検討する必要がある。

 また、アンミカさんは「どん兵衛」以外にも複数のCMに出演しているが、大きな批判は起きてはいない。

キリンの広告取り下げは英断か、過剰反応か?

 芸能人の事例を見ると、今回のような、出演者の社会的発言での広告の取り下げの決定は、異例のことのように見える。

 キリンが取り下げの判断に至った要因としては、下記のことが考えられる。

1. 芸能人ではなく、有識者の言動であったこと
2. キリンが社会的責任を非常に重要視する企業であること
3. 高齢者批判が以前ほど受容されなくなっている可能性があること

 1点目については、芸能人と比べると、有識者は言論活動によって、その人のキャラクターやイメージが構築される部分が大きい。過去の発言であったとしても、当人が発した言葉は、その人の「人となり」を表すものとして必然的に重視されることになる。

 2点目について、キリンは「社会との価値共創」(CSV:Creating Shared Value)を掲げ、企業活動の中で様々な社会貢献活動を展開している。成田氏の起用に対する批判の声の中には、同社の高齢者福祉の活動との整合性を問うものも見られた。氷結無糖のメインユーザーは高齢者ではないとはいえ、高齢者も含む包括的な社会貢献活動を行っているキリンとしては、成田氏を継続起用する判断をした場合、誰もが納得できるような説明を行うことは難しいだろう。

 3点目については筆者の私見も入るが、高齢者批判が日本社会でこれまでほど受容されにくくなっていることも背景としてありそうだ。同世代でも格差が生まれている状況や、ジェンダー格差の問題など、多種多様な問題が顕在化している中で、高齢者の問題は相対的に後退しているように思える。また、社会的に人権意識が高まっていく中で、高齢者をこうした形で批判することに対しても抵抗が強まっているようにも思える。

 以上、成田悠輔氏の広告取り下げを題材に、広告起用の条件や、その背景となる世相の変化について論じてきた。

 過去の言動が掘り返されて批判されることが多くなっている現在、広告起用に際して、これまで以上に「素行調査」を丁寧に行う必要があるだろう。特に、有識者の起用においては、彼らの主張や信条が、企業の理念や活動内容と合致しているのかどうかも確認しておくことも欠かせない。


西山 守(にしやま まもる)Mamoru Nishiyama
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。