それゆえ、二代目の看板は「重圧ですよ」と微苦笑する。
「父は、特攻隊員でした。しかし、敗戦によって命を散らさずに済み、噺家の世界に飛び込んだ。死と隣り合わせを味わってきているわけですから、覚悟のボルテージがまるで違う。そういう意味でも、私はどうすれば父に近づくことができるんだろうと考えるんですね」
2025年は、初代の生誕100年という節目の年だ。6月11日~20日には東京・浅草演芸ホールで記念興行が行われ、ゆかりのある多士済々が集う。トリを務めるのは、もちろん二代目。現在、三平さんは父が亡くなった年齢─54歳になった。「ここから先は父が生きることができなかった世界。楽しむことを忘れないようにしたい」。そう言って、初代を彷彿とさせる人懐っこい笑顔で声を弾ませる。
『どうもすいません』の真意
「兄である九代林家正蔵が古典落語をしっかりやっていますから、私は同じことをしてはいけないと考えています。三平らしい落語、大衆から好かれる芸人を目指すべきだと改めて思うんです。父の芸は、人の不幸をネタにせず、明るくて楽しい、人から愛される芸でした。不景気な現代にこそ、そうした笑いが必要ですよね。そのためには、私自身、楽しむ気持ちを持たないといけません。辛気くさい顔をしていたら、誰も笑ってくれませんから(笑)」
初代林家三平さんは、額に手をやって「どうもすいません」と口にするしぐさが代名詞だった。実は、真意があるという。
「『どうもすいません』と同じくらい『ありがとう』を大切にする父でした。『どうもすいません』ってね、単に謝っているのではなく、『あなたのおかげで今日も楽しくて、どうもすいません』という謝意なんですね。今なお、父から学ぶことはたくさんあります」
はやしや・さんぺい 1970年、東京都生まれ。「昭和の爆笑王」初代林家三平の次男。中央大学経済学部在学中の'90年、林家いっ平として、林家こん平に弟子入り。'93年二ツ目、'02年真打ちに昇進。'09年3月、二代林家三平を襲名。兄は九代林家正蔵。6月11日~20日まで『初代・林家三平生誕百年記念興行』(浅草演芸ホール)を開催。
取材・文/我妻弘崇 撮影/伊藤和幸(林家三平さん)