
奇しくも、大阪・関西万博では、方針転換して喫煙所を設置したわけだが、研究に基づいて考えれば、喫煙所のコントロールは得策と見なせるといえる。その方針転換の判断は、「後退」ではなく、「戦略的な調整」として位置づけられるのではないだろうか。単純な禁止ではなく、“分煙の設計”こそが秩序を創る鍵となる。
実際、研究によれば、上海万博では、期間中に喫煙所を増やすという対策が取られていた。この研究が明らかにしたのは、全面禁煙を徹底することだけではなく、“逃げ道”としての喫煙所の存在が、むしろモラルを支える構図となっていた。屋外の非喫煙エリアにおける喫煙者の割合は、7月から10月にかけて減少したが、喫煙所の数の増加(37カ所→43カ所)や、喫煙所の日よけやベンチの設置といった施策が影響を与えた可能性があると考察されている。
つまり、喫煙所の設置は単なる“譲歩”ではなく、「人目につかない場所でこっそり吸う」という行動を防ぎ、喫煙を「正規のルート」に誘導することで、結果的に全体のルール遵守率を高める効果を持つ。この心理的効果は、日本の大規模イベントでも応用可能な知見だろう。
万博の場だけではなく応用できる発想に
日本では、2027年3月19日から9月26日にかけて「2027年国際園芸博覧会」が開催される予定だ。大阪・関西万博での喫煙所増設の動きは、次の大規模イベントにとっても、快適な会場運営の参考になるだろう。
こうした取り組みは、万博という特殊な空間にとどまらず、都市部の喫煙コントロールにもヒントとなり得る。
オランダや米国の研究グループは2022年2月に、都市の高密度な環境では非喫煙者がたばこの煙による影響をより強く感じやすいと報告している。
日本の都市部では「一服は喫煙所」でというマナーが浸透しつつあるが、これも喫煙所の整備があってこそ。整備が不十分な場所では「隠れ喫煙」が横行しているという声はよく聞かれる。
上海万博のケースから得られた教訓は、単に「喫煙を禁止する」のではなく、「煙をどう制御するか」という設計思想にあった。誰もが快適に過ごせる空間をどう構築するか。禁煙の理想と人々の現実的な行動とのバランスを、いかにして取るか。そのヒントは、「あらかじめ吸える場所を明示する」というシンプルな方策にあった。喫煙者を排除して隠れたばこというルール違反を招くのではなく、見える喫煙所を整備してそちらに導く。これが、守れるルールづくりの第一歩だった。
<星良孝 ステラ・メディックス代表 獣医師/ジャーナリスト>
Tob Control. 2013;22 Suppl 2(Suppl 2):ii21-6.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23708269/
Tob Prev Cessat. 2022;8:08.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35280520/