純烈に頼って救われたと思う
この探求心こそ、ダチョウ倶楽部は“美しい負け方の追求ぶりが芸能界随一”といわれるゆえんかもしれない。1993年に流行語大賞を受賞した「聞いてないよォ」のギャグもリアクション芸から生まれたもの。そもそも「聞いてないよォ」は内輪ネタから始まったものだが、片岡鶴太郎さんのアドバイスによってやり続け、火がついたのだという。
ほかにも、ラサール石井さん、森本レオさん、故・笑福亭笑瓶さんらにも随所でアドバイスを受けていたという。
「自分から相談したことは一度もないんです。ただみなさんと雑談しているとき、相手の言葉と自分が悩んでいることの答えがつながるなあと勝手に解釈しているだけなんです。自分の気持ちはいったん置いておいて、先輩方が何げなく発した言葉に頼ったんですよ」
このようにして順調に活躍しているダチョウ倶楽部に、2022年5月11日、衝撃的な出来事が起きる。上島竜兵さんが亡くなったのだ。このニュースは日本中にショックを与えた。でも、その悲しみを乗り越えられた要因は、やはり「頼る力」だったと肥後さんは言う。
「あのときはまず、僕らが立ち直るよりも、日本中の方が悲しみのどん底にいる感じだったので、その方々を助けないといけないという感じでした」
肥後さんの追悼コメント《二人で、純烈のオーディションを受けます》に、純烈のリーダーである酒井一圭さんがXで《合格ですよ!》とすぐにリプライ。その後、一緒にイベントなどに出演するようになり、年末には紅白歌合戦でコラボ出演まで実現した。“竜兵会”の重鎮である有吉弘行さんも登場し、7人で猿岩石の『白い雲のように』を熱唱し、感動を呼んだ。
「(追悼コメントで)なんで純烈を書いたのかなあ。今考えると申し訳ないですよねえ。あれも、純烈に頼ったんですね(笑)。でも、紅白まで出られてうれしかった。純烈と一緒に紅白で歌って“くるりんっぱ!”できてよかったです。あれで上島の死に触れちゃいけない空気がなくなった気がしています」