24歳で結婚。専業主婦に収まらず、医師向け雑誌の編集や雑誌のライターを経験している。とはいえ稼げるのは小遣い程度の額だ。

すごく焦っていました。夫が稼いで、そのお金しか使えないのは、私には耐えられなかった。経済的に自立しなければ、自分は自由になれないと思っていた。自由な人間同士が、結婚しても対等に生きていけると考えていたんです

女の人の中にも荒ぶる気持ちがある

 シナリオライターを目指し教室に通うも、やはり芽が出ない。そんななか、シナリオ教室の仲間からロマンス小説の公募に誘われた。

ハーレクイン小説が流行っていたころです。いざ書き始めたら面白くて、向いているかもしれないと思いました。それ以来ずっと小説家志望です

2004年に米国のミステリー文学賞である「エドガー賞」の長編部門に日本人で初めてノミネートされた当時のアメリカでの一枚(桐野夏生さん提供)
2004年に米国のミステリー文学賞である「エドガー賞」の長編部門に日本人で初めてノミネートされた当時のアメリカでの一枚(桐野夏生さん提供)
【写真】キャリアウーマン感が凄い! 日本人で初めてエドガー賞にノミネートされた頃の桐野さん

 初の作品『愛のゆくえ』が佳作に入選し、ロマンス作家デビュー。32歳のときだ。
 漫画編集者の目に同作が留まり、漫画家・森園みるくさんの原作執筆という新たな仕事も舞い込んだ。

 売れっ子の森園さんは作品数が多く、収入は急増。念願だった経済的自立を叶えるが。

森園さんの原作はやっぱり森園さんのもの。自分の世界を書いてみたい、自分が読みたいものが書きたい。そう思うようになって

 文学賞の公募を見つけては執筆、応募を繰り返す。ある時「すばる文学賞」に応募し、最終選考に残った。編集者から「何か書いてみないか」と声がかかり、新作に取りかかる。

でもいざ書き始めると全然終わらない。200〜300枚と言われていたのに、500枚になっちゃった。『これ、江戸川乱歩賞に応募していいですか?』と編集者に言ったら、『えー!』なんてびっくりされました(笑)

 42歳のとき、『顔に降りかかる雨』で第39回江戸川乱歩賞を受賞。10年弱の公募生活を経て、本格作家デビューを果たす。

 ブレイクは1997年に発表した『OUT』。日本推理作家協会賞受賞作で、日本人で初めて米国のミステリー最高権威といわれるエドガー賞にもノミネートされている。

女の人の中にも荒ぶる気持ちがある。そういうものを書いていかなければいけないと思って書いた作品でした

 平凡な主婦が夫を殺害し、パート仲間4人で死体をバラバラにする─。本作が女性作家による筆と知り、世は驚いた。快哉を叫ぶ人もいれば、反発の声も少なくない。後者は主に男性陣の反応だ。

ショックだったみたいです。みんな怒っていた。おじさんたちに『妻が夫を殺すなんて嫌なこと書くな』と言われたり。ラジオ番組に呼ばれたときは、男性キャスターがずっと口をきいてくれなくて、最後にひと言、『人を殺していいと思っているんですか』ですって。いいわけないじゃないですか(笑)