大喜利メンバーになることのメリット・デメリットとは?
歴代メンバーの変遷を見ると、番組当初は大喜利メンバーが結構な頻度で替わっていることがわかる。
中でも、五代目圓楽は2度の降板を経てからの司会抜擢と、『笑点』の歴史を語る上で欠かせない。'77年に2度目の降板を申し出た理由を、圓楽本人は週刊誌でこう語っている。
「圓生師匠が『これはダメです。(中略)この人は50歳になったらダメになります』ってね」
当時の圓楽はラジオのレギュラー3本、テレビ7本という売れっ子。その姿に師匠である圓生は警鐘を鳴らし、圓楽も落語に専心したいと『笑点』を含めたすべてのレギュラー番組を降板したという。
実際、笑点に出演することで全国的な知名度を得られるため、同番組を機にテレビでも活躍するようになった落語家は多い。しかし、前出・渡邉さんは「売れることでデメリットがないわけではない」と説明する。
「人気が出ると、地方での営業が増えます。地方で落語を披露するわけですが、東京や大阪と違って、普段落語を聞かない人が会場に足を運びます。そうすると、落語家はその人たちにもわかるような落語を披露する」(渡邉さん)
端的に言えば、説明が多い落語をしがちになるという。
「落語というのは、かつては30分だった話を最小限に収めて、10分、20分の話として昇華させてきた伝統話芸です。いわば、長い歴史の中で省略をし続けてきた。ですから、『昔の武士っていうのは、○○でね』というように、端折っていた部分を補うように落語をしゃべると野暮に映る」(渡邉さん)
地方のお客さんにも満足してもらいながら、普段から寄席に通うような落語ファンもうならせる。そのバランスが大事なのだが、実入りのいい地方の営業やテレビの仕事に慣れるとフォームが崩れてしまう─寄席に出続けることが、噺家(はなしか)として大事な姿勢というわけだ。
「実際、『笑点』の話をするだけで会場はワッと沸きますから、『笑点』の出演者もイベントや高座でその話をすることが少なくない。しかし、歌丸さんは『笑点』から退いた後は、一度も『笑点』にまつわる話はしなかった。
出演しているときは、『円楽っていう腹黒いやつがいてね」といった冗談を話すこともあったのですが、勇退してからは一度も言わなかった。“そこに逃げない”という姿に矜持(きょうじ)を感じましたね」(渡邉さん)
東京の落語家の多くは落語協会、落語芸術協会、五代目圓楽一門会、落語立川流に所属しているが、基本は個人事業主。セルフプロデュースがきちんとできる落語家でなければ人気は長続きしないのだ。

















