膵臓がんで旅立った父に伝えたかった「ありがとう」

 がんを宣告されたとき、子どもたちは13歳、10歳、8歳。年齢を考慮し、詳細を伏せる選択肢もあったが、みのりさんは包み隠さずオープンにした。それは、若くして同じ膵臓がんで亡くなった父への想いと後悔があったから。

「私は20代で父を亡くしています。心が弱い父を心配した母の希望で、本人に病名は告げませんでした。だから父にお礼を言うこともできなかった。もっと父の手を握りたかったし、せめて『育ててくれてありがとう』と最後に伝えたかった。子どもたちには、同じ思いをさせたくなかったんです」

 ママの話を真剣に聞き、現実を精いっぱい受け止めた子どもたち。

「内心は子どもたちの反応が怖かった。だから一人ひとり、表情を見ながら少しずつ話しました。余命や死の話には、不安になったようで、一緒に涙することも。

 でも、もしママの魂が身体から離れてもあなたのそばからいなくなるわけじゃないよ、映画の『リメンバー・ミー』みたいに上から見ていたり、時々会いにくるかも、って。形が変わっても、また会えるとママは信じているから、と」

 抗がん剤投与がスタートすると、副作用でだるさや痛みが現れ、指先はしびれ、髪は抜け落ちた。そんな苦しいときでも、持ち前の明るさで家族を笑わせた。

「夫に買ってきてもらった折り紙とテープを額と眉に貼って、『ドラゴンボール』のクリリンのマネをしたら、全員が大爆笑。看護師さんにも『西尾さんほど明るいがん患者さんはいない』と言われました」

 膵臓がんになって改めて自分の使命は何かを考え始めたという。

「子育てと仕事のどちらも手を抜かず、志高くやってきた。それなのに、がんで突然人生を強制終了させられそうになっている─。これは何か意味があるのでは?と思いましたね」

 もともと50代になったらボランティア活動をしたかったという。そこで、生きた証しを残して同じように病に苦しむ人たちの役に立ちたいと、今年3月からSNSでの情報発信をスタート。するとインスタグラムのフォロワーは瞬く間に5万5千人に。直筆の文章と絵で綴った書籍も制作中だ。

「仮に私がいなくなっても子どもたちの人生は続きます。『ママならなんて言うかな』という瞬間があると思うんです。そんなときに伝えたいメッセージを残すため本にまとめています」

子どもたちに残すための絵本『また会う日まで』。自費出版のほか、Kindleで英語版を出版予定
子どもたちに残すための絵本『また会う日まで』。自費出版のほか、Kindleで英語版を出版予定
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 生と死から目をそらさず、家族5人、ワンチームで病気と向き合う日々。

「死と本気で向き合うと“生”が活きてくる。今は死が身近ではない時代です。子どもたちには生きていることを当たり前だと思わず、小さな幸せを大切にして、少しでも悔いのない人生を送ってほしい。そんな言葉がけを毎日のように家族にしています」