もともとは、芸能界にはまったく興味がなかったという。デビュー前に通っていたのは、県内有数の進学校として知られる宮崎大学教育学部附属中学校。将来の夢は獣医だった。
しかしあるとき、愛読していた『少女コミック』で、連載漫画のヒロイン役を募集する記事が目に入る。副賞の赤いステレオ欲しさに応募したところ、なんと優勝。複数の芸能プロダクションから、自宅にスカウトの電話が何度もかかってくるようになった。
ステレオ目当てでヒロイン役に応募
「ステレオ目当てだったけど、こうなったら本格的に芸能界でチャレンジしてみたくなって。親は最後まで猛反対していましたね。でも押し切って、デビューを決めてしまったんです。中学卒業と同時に上京しました」
アイドル全盛期の時代、それぞれが個性を発揮するなか、高い歌唱力でもひときわ存在感を放った。
「とんでもない! ありがたいことに、私は本当に楽曲に恵まれたんです。アルバムでも、どれをシングルにすればいいのか迷うほど素敵な曲をたくさんいただいて。素晴らしい作品を歌わせていただく責任は、すごく感じていましたね」
オリコン週間チャートで初の1位となった『虹のDreamer』('87年)を手がけたのは、シャネルズの『ランナウェイ』を大ヒットさせた作詞家の湯川れい子と作曲家・井上大輔のコンビ。
自身最大のヒット曲となった『C-Girl』('88年)は、氷室京介や布袋寅泰らのヒット曲で知られる森雪之丞が作詞を担当し、矢沢永吉、吉川晃司らに数々の楽曲を提供してきた音楽ユニット・NOBODYが作曲を手がけた。
「最近は'80年代の音楽に興味を持ってくださる若い方もいるようで、すごくうれしいです。アイドルのポップソングの中にも、名曲はたくさんありますから」
アイドルとして超多忙な日々を送るなか、19歳の夏に大きな転機が訪れた。バンドミュージシャンとの交際が発覚し、ドライブデートの写真が週刊誌に掲載されてしまったのだ。記者会見では「お付き合いをしています」と自ら交際を認め、アイドルとしては前代未聞の対応として大きな注目を集めた。
「あのときどうすればよかったのか、いまだに正解はわからないんです。とにかく、ファンの方に嘘をつくことだけはしたくなかった。交際を認めてほしいなんて大それた気持ちはみじんもなかったですね」


















