4年半の休業中も支え続けたファン
結果として、ファンクラブの会員数は激減。仕事にも大きな影響が出た。写真週刊誌やワイドショーのスクープ合戦が隆盛を極めていた当時、アイドルの交際発覚は決して珍しいことではなかった。しかしほとんどが明言を避け曖昧な言葉でかわすなか、浅香さんの対応はきわめて潔いものだった。
「アイドルという仕事にまじめに向き合っている人は、ファンのみなさんを裏切りたくないという気持ちを全員持っていると思います。ファンの方に優しい嘘をつくことも間違いじゃない。でもあのころの私は、嘘をつくことのほうがみんなへの裏切りになると感じていたんですね」
熱愛報道があってもなくても、'80年代のアイドルたちは“旬”の時期を瞬く間に消費され、多くは20歳を節目に路線変更を迫られた。浅香さんもこの報道後まもなく女優業を休止し、音楽活動に専念することを発表した。
「今と違って、あのころは20歳になると“もうアイドルじゃないからね”とスタッフさんたちに言われていました。それまでずっとアイドルとしてやってきた私たちが、急に方向転換を迫られるんです。女優かアーティストか、選ばなければならないなら、私は真剣に音楽をやりたいと思いました」
アルバム制作では企画の段階から参加し、自ら作詞を手がけるなど精力的に音楽活動を続けた。しかし、'93年に突然の休業宣言。まだ23歳という若さだったが、「十分にやり切った」と思えるほど、全力で駆け抜けた日々だったという。
「休業期間は約4年半に及びました。もう忘れられちゃうかな?と思っていた矢先、ファンの方たちがみんなで『浅香唯新聞』を作ったり、毎年集まって私のバースデーパーティーを開いたりしてくれていたことがわかったんです」
今でこそ、SNSなどで“本人不在の誕生日会”は推し活の定番となっているが、なんと浅香さんはその先駆けだったよう。
「休業中、私もひとりで寂しいバースデーを過ごしたこともありましたから、教えてくれたら参加したのに~!って(笑)。
このとき改めて感じたのは、交際報道のときにファンの方々に嘘をつかなくて本当によかった、ということ。みんなを裏切りたくない気持ちをちゃんと受け止めてくれていたことが、ありがたかったですね」


















