今も上田正樹の代表曲として多くのファンに愛されている『悲しい色やね』。'82月10月にリリースされ有線放送からジワジワと火がつき翌年の夏、オリコンチャート上位にランクイン。今も歌い継がれる大ヒット曲となった。
ブルースの血は流れてはいない
「この曲は、林哲司さんの曲先で作られた。出だしの歌詞、最初は“尼崎の街の灯”だったんだけど、大阪南港から尼崎は見えへん。そこで作詞家の康珍化さんが“にじむ街の灯”に直してくれたんだ」
メロディーとサウンドはこの上なくオシャレ、なのに関西弁のハスキーボイスで泥くさく歌う。これこそ大阪人の魂(ソウル)を表現する、新しい時代の「AOR(Adult Oriented Rock)」ではなかったか。
そこには大阪・西成に住んでいた上田自身の思いも込められて、しかも歌詞は女性目線。なぜ女性目線のストーリーになったのか。
「女性目線から描く歌詞はモータウンをはじめ、R&Bではよくあること。でも歌謡曲では珍しかったんじゃないかな。この曲を当時コンサートの中盤でやると大阪のおばちゃんらは“もう聴いたから”と言って帰っちゃう。だから必ず最後にやるようにしてた(笑)」
この曲の大ヒットによって、上田は歌謡界にとどまる選択肢もあった。
「そのほうが他人から見たら正解だったのかもしれない。でも正しいよりも自分が楽しいと思えることを選んだ。そのためのエネルギーならいくらでも使える」
再びR&Bのフィールドに戻ってきた上田は数多くの著名なブルースやレゲエアーティストと共演。海外のフェスからも声がかかるようになった。
'99年には韓国で著名なプロデューサーとして知られるキム・ヒョンソクから熱いオファーを受けてアルバムデビュー。
その中の楽曲『Hands of Time』は視聴率30%超えの人気ドラマ『ゴースト』の主題歌に起用され、アルバムは20万枚を超えるヒットを記録。
さらに'01年にはインドネシアの歌姫、REZAともデュエット。楽曲『Forev
er Peace』がインドネシア語、日本語、英語の3か国語で歌われ、インドネシアでは17週連続1位を獲得。日本はおろかアジアでも確固たる地位を築いていく。
だが上田にはR&B・ソウルシンガーとして克服することのできないコンプレックスがあった。それは、
「自分は東洋人であり、そこにブルースの血は流れてはいない」
それでも好きで、やめられずに続けてきた。そんな彼の目を覚まさせてくれたのがブルース界の王様B・B・キングだ。アメリカの音楽祭で歌う上田の姿を見て、
「すごいオリエンタル!! おまえのは新しいブルースだな」
喜寿を迎えた今も、この言葉を胸に上田正樹は歌い続けている。
取材・文/島 右近



















