「まず今日を越えてほしい」
風間さんが支援の根底に置いている言葉がある。「当事者主権」だ。
「当事者が自分の人生について語ること、自分で決めることです。失敗することも含めて、自分の人生を生きる。支援とは、そのための環境をつくることではないでしょうか」
母から「こうあるべき」と求められ、父には助けを求めても扉を閉められた。施設では自分の意思より「指導」が優先された。風間さんには、自分のことを誰かに決められてきた長い時間がある。
共に支援活動をする安井飛鳥弁護士(42)は社会福祉士の資格も持つ。5年ほど前、コロナ禍で共通の知人を通じて知り合った。こども家庭庁の設立過程では、風間さんが自民党の勉強会で「必ずしも家庭が子どもにとって安全な場所ではない」と訴え、「子ども庁」とすべきだと主張。安井弁護士も共に野田聖子・内閣府特命担当大臣(当時)に要望した。
「当事者として妥協しないアドボカシーの視点があります。と同時に、繊細なバランス感覚を兼ね備えている。言うことは厳しいが、常に配慮と優しさがあります」(安井弁護士)
松本医師も、当事者が支援者になることについて、「信頼できるサポーターやスーパーバイザーがいれば良いと思いますし、意義があります」と評価する。
家庭でも学校でも職場でもない、第三の居場所があることで、人は生き延びられることがある。風間さん自身にとって、それはストリートと、そこで出会った仲間だった。今は、自らが誰かにとっての「第三の居場所」をつくる側にいる。
そして9月。内閣府の「自殺対策白書」によれば、夏休み明けは18歳以下の自殺者が多い時期でもある。今年も文科省やこども家庭庁は「つらいときには相談を」と呼びかける。
けれど風間さんは、安易に「生きていればいいことがある」とは言わない。自らが、生き延びるために薬物を必要とし、逃げても連れ戻され、自分の人生を自分で決められない時間を経験してきたからだ。
「生きていると、ある出来事によって価値観がひっくり返ることがあります。ただ、その瞬間がいつ来るのかはわからない。だから、子どもたちに『頑張って生きろ』とは言わないです。むしろ、大人の側が変わるべきです。そのうえで、今、生きづらさを抱えている人には、まず今日を越えてほしいです」
かつて、安心できる場所を求めてストリートへ出た子どもは、大人になった。けれど、そこで得たものを「間違った過去」として切り捨ててはいない。傷つけられたことも、逃げたことも、薬物に頼ったことも、そこで出会った仲間も。そのすべてを抱えながら、自分の人生の意味を自分の手に取り戻そうとしている。
「回復」を、誰かが決めた正しい姿へ戻ることだとするなら、その言葉は時に人を追い詰める。風間さんが歩いてきたのは、失った過去をなかったことにする道ではない。自分の人生を、自分のものとして生き直していく道なのだ。
取材・文/渋井哲也 撮影/矢島泰輔



















